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「引っ越し業者」が物を破損 “補償”されるケース&されないケースは? 弁護士に聞いてみた

引っ越し業者が物を破損したり、新居の壁に傷をつけたりするなどした場合、補償されるケースとされないケースがあるのは本当なのでしょうか。弁護士に聞きました。

引っ越し業者が物を壊しても補償されないケースがある?
引っ越し業者が物を壊しても補償されないケースがある?

 春は転勤や進学などの理由で多くの人が引っ越しをします。その際、引っ越し業者に家具や家電などの運搬を依頼するのが一般的ですが、中には、引っ越し終了後に「物の破損、紛失」「新居の壁に傷がついていた」などのケースが確認されることがあるようです。

 実際に、SNS上では「業者に家具を粉砕された」「物を紛失された」「引っ越し業者に新居の壁を傷つけられた」という内容の声のほか、「テレビの液晶を傷つけられた上に補償もしてもらえなかった」という声も上がっています。

 引っ越し業者の不手際により物の破損や紛失が生じたり、新居の壁が傷ついたりするなどのケースがあった場合でも補償を受けられないケースがあるのは、本当なのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

業者が定める「責任限度額」に要注意

Q.そもそも、引っ越し業者に荷物の運搬を依頼する際は、どのような取引条項が適用されるのでしょうか。

牧野さん「荷主(顧客)と運送人(引っ越し業者)との間で『特約』がない限りは、国土交通大臣が定めて公示している『標準運送約款』の条件に従うことになります。

標準運送約款とは、荷主と運送人との間で運送取引の契約条件を定めたものであり、多数の荷主との間での法律関係を画一的、迅速に処理することを目的とするものです。貨物自動車運送事業法10条1項では、『一般貨物自動車運送事業者は、運送約款を定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない』と定められています。

標準運送約款には、引っ越しに関する『標準引越運送約款』や、一般貨物自動車運送事業に関する『標準貨物自動車運送約款』など、サービス別に複数の標準約款が定められ、公示されています。

国土交通大臣の認可を受ければ、各運送事業者が独自に運送約款を設計することも可能ですが、標準運送約款であれば国土交通大臣の認可が不要なため、多くの運送事業者はこれらの標準運送約款を利用しています」

Q.引っ越し業者の不手際により物の破損や紛失が生じたり、新居の壁が傷ついたりするなどの不利益なケースが発生した場合、業者側に補償を求めることは可能なのでしょうか。また、補償が認められないケースはあるのでしょうか。

牧野さん「引っ越し業者が運搬を担当した物の破損や紛失については、標準運送約款の規定に従って業者側に補償を求めることは、原則として可能です。

例えば、標準引越運送約款22条(責任と挙証等)では、引っ越し業者は、原則として『荷物の受け取り(荷造りを含む)から引き渡し(開梱(かいこん)を含む)までの間にその荷物その他のものが滅失しもしくは損傷し、もしくはその滅失もしくは損傷の原因が生じ、または荷物が遅延したときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負います』と定められています。

引っ越し業者の方でも、こうした賠償金の支払いに備えて、『運送業者貨物賠償責任保険』に加入しています。ただし、次のようなケースでは、引っ越し業者は責任を負わないため、補償が認められません」

(1)引っ越し業者が定める「責任限度額」を超える損害が出た場合
例えば、ある引っ越し業者は、荷物1個につき30万円の責任限度額を定めています。そのため、30万円以上の価格の荷物に損傷や紛失などの損害が生じた場合は補償が認められません。

(2)引っ越し業者に不注意がなかったと認められた場合
先述の標準引越運送約款22条では、例外として「自己または使用人その他運送のために使用した者が、荷物の荷造り、開梱、受け取り、引き渡し、保管および運送について注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りではありません」と定められています。そのため、引っ越し業者に不注意がなかったと認められた場合、例外的に責任を負わないとされています。

(3)予見できない交通障害や天災などが原因で荷物が損傷、滅失した場合
標準引越運送約款23条では、「荷物の欠陥、自然の消耗」「予見できない異常な交通障害」「天災(地震や津波、洪水、暴風雨など)」など、不可抗力によって荷物の損傷や滅失が発生した場合、業者は損害賠償の責任を負わないと定められています。

(4)荷物の引き渡し日から数えて3カ月以内に業者に連絡をしなかった場合
標準引越運送約款25条1項では、荷物の損傷や滅失があったときに、荷物の引き渡し日から数えて3カ月以内に依頼者から通知がなかった場合、業者の責任が消滅すると定められています。

このほか、標準貨物自動車運送約款45条(高価品に対する特則)では、荷送人が運送人に高価品の運搬を依頼する際に、その品の種類および価額を明告しなかった場合、運送人は損害賠償の責任を負わないと定められています。宝飾品や現金などの貴重品は、申告すれば損害賠償責任の対象になりますが、手持ちが可能な物であれば、基本的には預けずに自ら管理すべきでしょう。

Q.補償の対象となるケースであるにもかかわらず、引っ越し業者がなかなか応じない場合、どのように対処すればよいのでしょうか。

牧野さん「例えば、雨天にも耐えられるだけの適切な梱包(こんぽう)を施さなかったため、荷物がぬれて価値が損なわれた場合など、不可抗力などによる除外事由がなく、引っ越し業者側に不注意があった場合であれば、具体的な事実を指摘して賠償を求めるべきだと思います」

【画像】引っ越し業者に預けた荷物、損傷しても補償されないケースも これが「標準引越運送約款」の内容です

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牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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