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ワクチン接種せず→会社で氏名公表、不利益な扱い…法的問題はない?

新型コロナウイルスのワクチン接種が本格化していますが、職場などでさまざまな問題が起きているようです。接種を巡る法的問題について、弁護士に聞きました。

新型コロナウイルスのワクチン(2021年5月、AFP=時事)
新型コロナウイルスのワクチン(2021年5月、AFP=時事)

 新型コロナウイルスのワクチンについて、大企業などでの職域接種が6月21日、本格的に始まりましたが、先行接種の現場の一部では、ワクチン接種を受けない、あるいは受けられない人の名前を職場で公表したり、不利益な扱いをしたりする事態が起き、従業員が不安に感じることもあるようです。

「ワクチンハラスメント」という言葉も生まれていますが、こうした行為に法的問題はないのでしょうか。また、職域接種の申し込みが一時停止となり、ワクチン供給への不安の声も出る中、「正社員が優先、派遣は後」といった差配は許されるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

不合理な待遇差、違法の恐れ

Q.ワクチン接種を希望しない人の氏名を職場内に掲示したり、リストを幹部社員全員、あるいは社員全員に送ったりすることに問題はないのでしょうか。

佐藤さん「ワクチン接種にかかわる情報は個人情報保護法上の『要配慮個人情報』に当たる可能性があり、慎重な取り扱いが求められます。要配慮個人情報については例外を除き、あらかじめ、本人の同意を得てから取得することが求められ、第三者への提供についても事前に本人の同意を得ることが必要です。

個人情報保護法は個人情報取扱業者(個人情報データベース等を事業の用に供している者)に適用されます。顧客や従業員などの個人情報をパソコンなどで検索できるような形で体系的に管理していれば、個人情報保護法が適用されるので、ワクチン接種の有無などに関する情報を社内で共有することには慎重になるべきであり、仮に共有する必要性がある場合には、事前に本人の同意を得ることが必須です。

ワクチン接種を希望しない人の氏名を社内に掲示したり、多くの社員で共有したりすることは個人情報やプライバシーといった問題の他、事実上の『接種の強制』につながる危険性もあります。後に従業員から、『接種を断りたかったけれど、職場で情報が共有されており、接種せざるを得なかった。これは違法なハラスメント(不法行為)だ』などとして、企業が訴えられるリスクもあるでしょう」

Q.他の社員がいる場所で、ワクチン接種の希望調査や聞き取りをすることはどうでしょうか。

佐藤さん「他の社員がいる場所でワクチン接種の希望調査等を行えば、事実上、重要な個人情報が本人の望まない形で他に漏れるリスクがあるため、避けた方がよいでしょう。ワクチン接種の有無に関する情報は場合によっては、不当な差別や偏見を招く恐れもあり、先述した通り、知られることを恐れて、本人の意思に反してワクチンを接種せざるを得なくなる人が現れる可能性もあります。情報の取り扱いには慎重になるべきです」

Q.個別に希望を聞く際、拒否の理由を聞くことには問題はないでしょうか。また、拒否の理由を上司に伝える、あるいは他の社員に伝えるといった行為は。

佐藤さん「ワクチン接種を拒否する理由には、過去の病歴や体質といったプライバシーの中核に当たるような情報が含まれている可能性もありますし、あえて理由を尋ねることで、暗に『接種しない選択』を批判していると受け止められる危険性もあります。一般的に、企業として、拒否の理由まで把握しておかなければならない必要性は小さいと考えられますから、避けるべきでしょう。

先述した通り、拒否の理由はプライバシー保護の必要性の高い情報だと考えられるため、仮に本人が自発的に告げたとしても、本人の同意なく、上司や他の社員に伝えることもやめましょう。むやみに情報を漏らすと、個人情報保護法上の問題やプライバシー侵害の問題などが生じます」

Q.ワクチン接種を指示したり、強要したりすることはどうでしょうか。

佐藤さん「新型コロナウイルスのワクチン接種については予防接種法上、麻疹(はしか)や風疹などと同様、『接種を受けるよう努めなければならない』という規定が適用されます。これは『努力義務』と呼ばれ、接種を受けるか否かはあくまで、本人の意思に委ねられています。従業員個人の意思に委ねられている事柄について、企業が『指示』したり、『強要』したりすることは許されません。仮に指示や強要がなされれば、企業は不法行為責任を問われる可能性があります。

なお、企業としては安全な職場環境を整えたり、取引先や顧客の安全を確保したりするため、従業員の接種を促したい場合もあるでしょう。そのような場合、ワクチン接種を迷っている従業員に対して、接種の『勧奨』をすることは法的に許されると考えられます。ただ、勧奨は常識に照らし、行き過ぎない範囲にとどめましょう」

Q.接種しないことにより、減給や降格、配置転換といった不利益な扱いを受けた場合はどうでしょうか。

佐藤さん「ワクチン接種をするかしないかは従業員個人の意思に委ねられている以上、接種しないことにより、減給や降格を伴う不利益な取り扱いをすることは原則として許されません。先述した通り、企業は従業員に対して、ワクチンを接種するよう『業務命令』を出すことはできず、不利益な取り扱いについての合理的な理由がないからです。

ただし、感染拡大防止の観点から、ワクチンを接種していない従業員の配置転換をする必要がある場合、職種(ホテルやレストランの接客業務等)や勤務状況などによっては合理的な理由があるとして認められることもあるでしょう。それでも、配置転換に伴い、結果的に減給につながるようなケースでは特に慎重な対応が求められます。不利益を伴う配置転換の場合、会社側の権利乱用とされ、後に裁判で無効となる可能性があります」

Q.「ワクチン接種は正社員から。派遣やパートはその後」と順番付けすることはどうでしょうか。政府が職域接種募集を一時停止するなど、接種会場によってはワクチンが足りない事態も想定されています。足りない場合に「正社員を優先。余ったら派遣やパートに」とすることの問題点は。

佐藤さん「『ワクチン接種は正社員から。派遣やパートはその後』と順番付けする行為は不公平感が生まれるため、避けるべきでしょう。厚生労働省が公表した『新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する職域接種向け手引き』には、正社員や非正規雇用など雇用形態によって、一律に対象者を区別することは望ましくないと明記されています。接種の順番についても同様に、雇用形態による一律区別は望ましくないでしょう。

また、正社員と非正規雇用者の不合理な待遇差をなくす『同一労働同一賃金』の観点から、違法と判断される可能性もあります。ただし、接種を希望する従業員の数が企業の確保したワクチンの量を上回った場合、どうしても優先順位をつけざるを得ません。そのような場合には、人と接する機会が多い従業員、高齢の従業員など、感染リスクや重症化リスクの高い者から優先的に接種するというように合理的な理由に基づいた判断が求められるでしょう」

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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