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「トリチウム」をゆるキャラ風にして批判、公開中止…どんな経緯で? 専門家の見解も

PRとしては逆効果に

 次に、広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

Q.トリチウムをゆるキャラ風のイラストで広報したことについて、感想は。

山口さん「復興庁の想像力の欠如と『子どもだまし』的な手法に不信感が募りました。『PRにはキャラが必要』との固定観念は想像力の欠如の証しです。原発事故が原因で発生した大量の汚染水の処理水を海に放出するという事業にキャラを投入して差異化したり、親しみを醸成したりする必要があるのでしょうか。私は必要だと思いません。

必要なのは透明性を保った正確な情報提供です。『子どもだまし』的な手法とは、廃炉汚染水の処理水をキャラを使って、トリチウムに同化させようとしていることです。ALPS処理水はトリチウムではありません。

純粋な子どもたちは、チラシの説明を文字通りに受け取るでしょう。イラストを見て、“トリチウム君”は『人の口から海に、そこに住むお魚へと安全に自然循環するもの』と思うでしょう。『世界中の原子力施設から、各国の規制基準を守ってトリチウムが海や大気に放出されている』という説明に安心するでしょう。しかし、これは誤った認識を与えかねません。

なぜかと言うと、ALPS処理水からはセシウム137やヨウ素129などの放射性物質も微量ながら検出されていることを、東京電力自身が昨年末に公表しているからです。『これらの放射性物質は通常の原発排水には含まれておらず、海洋放出の影響は検証されていない』との報道もあります。このことはチラシのどこにも書いてありません。

海洋放出する処理水について、『トリチウムも含め、すべての放射性物質は規制基準値内だ』と政府・東電は主張しますが、そのALPS処理水は今後30~40年、海洋に放出され続けるというのです。それぞれの放射性物質の放出量の合計はどのくらいになるのでしょう。現在の子どもたちが壮年になった時の海は、魚がすめる環境を保っているのでしょうか。この疑問にもチラシは答えてくれません」

Q.チラシや動画全体として「親しみやすさ」を復興庁は考えたようですが、その狙いは当たっていますか。

山口さん「キャラの好き嫌いは個人の感性の問題でもありますが、私は『親しみやすさ』などみじんも感じませんでした。『哀れな表情をした、変な形をしたおたまじゃくし』のように見えて嫌な気持ちになりました。観光地や特産品のキャラではなく、汚染水の処理水に残留する放射性物質のキャラです。『親しみやすさ』『好感度』を狙っても、もとから無理な話だと私は思います」

Q.ゆるキャラやかわいらしいイラストは、広報や広告のさまざまな場面で使われています。成功例と失敗例の代表的なものは。

山口さん「成功例は熊本県の『くまモン』、滋賀県彦根市の『ひこにゃん』が代表でしょう。ともにご当地振興プロモーションで大活躍しています。くまモンは熊、ひこにゃんは猫という、キャラクターとしてよく使われる動物をモチーフとし、愛らしくユーモラスなデザイン、ゆるキャラとして人との立体的なコミュニケーションができることなどが成功の理由だと思いますが、それ以上に、キャラを育て
ようとする地元の人たちの熱意と創意に満ちたイベントや、マスコミへの積極的なアプローチが功を奏していると思います。

失敗例としては1990年代、動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現・日本原子力研究開発機構)の『プルト君』があります。広報用ビデオにアニメの『プルト君』が出てきて、プルトニウムの平和利用や安全性を説明しましたが、国内外から、『プルトニウムの危険性を過小評価している』などの批判が噴出し、絶版になりました。議論の余地がある事柄にはPRキャラは似合いません」

Q.チラシでは「トリチウムを飲んでも大丈夫」と受け取れるイラストもあります。このような広報は効果的なのでしょうか。

山口さん「逆効果です。誇張した発言や表現は反発を招きます。処理水は飲料水ではありません。『飲んでも大丈夫』と言えば、『じゃ、飲んでみろよ』という言葉が必ず返ってきます。

麻生太郎副総理が処理水について『飲んでもなんていうことはない』と発言しました。副総理には失礼ですが“穴だらけ”の発言です。飲料水ではないALPS処理水について、どんな根拠があって、『あの水飲んでも、なんてことないそうですから』と言えるのですか。40年以上飲み続けても何ともないのですか。中国の報道官は早速、『ならば、飲んでから言ってください』と注文を付けました。近隣諸国からはSNS上で『だったら(海洋放出しないで、日本人が)飲み干したら?』という声が出ています」

Q.反対の声が多い事柄に理解を求める際の、望ましい広報の在り方とは。

「オトナンサーの取材によれば、復興庁の主張は『処理水の処分方針決定後、復興庁として速やかに風評被害を払拭する取り組みを始めることになっており、その一環としてチラシと動画を作った』とのことです。だとすれば、広報のやり方を根本から間違えています。トリチウムを含んだ処理水を海洋に放出することで初めて風評被害が発生するわけではありません。風評被害は原発事故後、10年も続いています。瓦解(がかい)した『原発安全神話』に始まり、その後も続く国と東京電力の不祥事に原因があると思います。

福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は『国と東電が“関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない”と2015年に決めた約束をほごにされた』と抗議しています。地元漁業者との約束を守らない政府。風評被害発生の最たる原因ではないでしょうか。広報活動の特効薬は透明性を保って正しく、正確に情報を提供することです。国民や近隣諸国の信頼を獲得するためにはこれしか方法はありません」

Q.批判を受けて、復興庁は公開を休止し、デザイン修正する方針です。

山口さん「デザイン修正で解決できる問題ではありません。チラシを作り直すなら、原発排水とALPS処理水の違い、処理水の海洋長期放水の影響なども含め、透明性を保った情報提供が必要だと思います」

(オトナンサー編集部)

【画像】復興庁が公表し、現在は公開休止となっているチラシ

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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