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新型コロナで高知県が自粛求めた「献杯」「返杯」とは? 高知特有の文化?

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、高知県は「献杯」「返杯」を自粛するよう通知しました。そもそも、「献杯」「返杯」とは、どのような行為なのでしょうか。

高知の文化? 「献杯」「返杯」とは…
高知の文化? 「献杯」「返杯」とは…

 新型コロナウイルスの感染者が増え続ける中、高知県は飲食時の「献杯」「返杯」を自粛するよう、2月27日に通知を出しました。県によると、これは「高知の文化」とのことですが、ネット上では「高知県らしい」「返杯はやめてほしい」などの意見が寄せられています。そもそも、献杯、返杯とは、どのような行為なのでしょうか。

 和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

室町時代の武家の習慣に由来

Q.献杯、返杯とは、どのような行為なのでしょうか。また、いつごろから行われるようになったのですか。

齊木さん「献杯とは元々、目上の人から目下の人へ酒を注ぐこと、返杯とは、目下の人から目上の人へ酒を注ぐことをいいます。これは室町時代に確立された、武家の儀式的な酒宴の習慣に由来します。当時、室町幕府の将軍は、主従関係を確認するために杯を交わす儀礼を行っていました。

これは、まず主人(宴会の主催者)が大きな杯になみなみと注がれたお酒を主客にすすめます。主客はそれを少し飲み、隣の人へ回していき、杯は上座から下座へと渡っていきます。その後、『式三献(しきさんこん)』(鎌倉時代に東国の武士たちによって確立された酒宴の作法)に基づき、主従固めの杯として、君主と家臣の結びつきの確認、強化の意味合いが加わるようになりました。

江戸時代に入ると、さまざまな酒器が作られるようになり、一般庶民の間でも、人間関係を求めて男女問わず杯のやりとりをする風習が生まれました。これは、そこに集う人たちが同じ杯で酒を酌み交わすことで心を通じ合わせ、絆を深めるという意味合いを持ち、『献杯』『返杯』『お流れ頂戴』といった風習が全国的に根付いていきました。

同じ杯を使うため、昔の宴席には杯を洗う『杯洗(はいせん)』というものがあり、献杯、返杯をするたびに洗って酒を酌み交わし親睦を深めていました」

Q.献杯、返杯という言葉自体は辞書にも載っています。全国的な風習なのでしょうか。それとも、高知を含む一部地域の風習なのですか。

齊木さん「全国的な風習でしたが、時代の変化とともに杯を交わす風習は薄れ、一部地域の風習として現在まで受け継がれています。

高知県では、同じ器を使って献杯、返杯をします。献杯をする者が相手の前で、まず自分の杯にお酒を軽く注ぎ、それを飲んで杯を温めてから相手へ杯を渡し、献杯(お酒を注ぐ)します。杯を受け取った人が飲み干した後、その杯を渡された人へ戻し、返杯(お酒を注ぐ)します。これが一連の流れになります。杯は必ず手に持ち、飲み干した杯を下へ置かないことが決まりごとになっています。

熊本県の球磨(くま)・人吉(ひとよし)地方では、飲み始める最初の1杯目は、床の間の隅など適当な所に必ず1滴落としてから口へ運ぶしきたりがあります。これは『まずは神様へささげてから、お神酒をいただく』という『神人合一(しんじんごういつ)の境』にいたるまで杯をなめ合うという目的のためで、献杯、返杯を2回以上繰り返さなければいけない決まりがあります。

また、同じ杯を回す文化として、沖縄県の宮古島では『オトーリ』という酒文化があります。これは、宴席の際に『親』という注ぎ手を決め、親が1つの杯で1人に酒を注ぎ、飲み干したら空いた杯を親に戻し、次の人へ注ぎ、これを全員分繰り返し行うというものです」

Q.高知県が献杯、返杯を自粛するよう通知を出しました。県によると「高知の文化」だそうですが、高知発祥の文化なのでしょうか。

齊木さん「先述のように、本来、目上の人から目下の人に酒を注ぐことを献杯といいますが、高知県で献杯というと、目下の人から目上の人に酒を注ぐことを指します。

これは、献杯、返杯が全国的には主従関係を示すものだったのに対し、高知で宴は、さまざまな人が身分の違いを越えて飲み交わすことで親密な出会いが生まれる場とされているからです。そのため、各自が目当ての人の席へ移動し、にぎやかに座が乱れる光景が繰り広げられます。こうした風習は高知独自の文化であり、高知発祥といえます。

現在でも、高知県ではコミュニケーションの一環として行われています。会社関係にとどまらず、献杯、返杯を繰り返すことにより絆が深まるとされており、結婚式や改まった宴席でも盛んに行われています」

Q.献杯、返杯はどちらかというと、お酒をよく飲む地域で根付いているのでしょうか。

齊木さん「確かに、お酒をよく飲む地域には今でも、献杯、返杯や、杯をその場にいる人で飲み回す風習が残っています。

高知では、男性に限らず女性も負けず劣らずお酒を飲みます。背景には『男女は対等』という潜在的な土佐(高知)の意識があります。南は太平洋、北には険しい四国山脈を背負い、陸の孤島と言われた高知では、女性は男性と同じ仕事をし、男女共に主体的な暮らしを営まなければなりませんでした。

こうした地域ならではの背景から、酒席においても、土佐の女性は男に対しておおらかにお酒を酌み交わし、酒文化もその土地に根付いて継承されているといえます」

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齊木由香(さいき・ゆか)

日本礼法教授、和文化研究家、着付師

旧酒蔵家出身で、幼少期から「新年のあいさつ」などの年間行事で和装を着用し、着物に親しむ。大妻女子大学で着物を生地から製作するなど、日本文化における衣食住について研究。2002年に芸能プロダクションによる約4000人のオーディションを勝ち抜き、テレビドラマやCM、映画などに多数出演。ドラマで和装を着用した経験を生かし“魅せる着物”を提案する。保有資格は「民族衣装文化普及協会認定着物着付師範」「日本礼法教授」「食生活アドバイザー」「秘書検定1級」「英語検定2級」など。オフィシャルブログ(http://ameblo.jp/yukasaiki)。

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