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なぜ「Tシャツ」? ゼレンスキー大統領の姿から伝わるメッセージとは? 広報のプロに聞く

ウクライナのゼレンスキー大統領は「カーキ色のTシャツ」姿で現れることが多くあります。なぜTシャツ姿なのでしょうか。広報の専門家に聞きました。

英国議会でオンライン演説するゼレンスキー大統領(2022年3月、AFP=時事)
英国議会でオンライン演説するゼレンスキー大統領(2022年3月、AFP=時事)

 ロシアに侵攻されたウクライナの状況が連日、ニュースで流れています。その中で、ウクライナのゼレンスキー大統領が、「カーキ色のTシャツ」姿で写っていることが多くあります。国の元首が公の場に現れる場合、きっちりとしたスーツ姿が通常だと思うのですが、ゼレンスキー大統領は、なぜTシャツ姿なのでしょうか。「情報発信の際の服装」について、広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「今すぐ行動できるリーダー」印象づけ

Q.ロシアからの侵攻を受け始めた後、ウクライナのゼレンスキー大統領は、カーキ色のTシャツ姿でメディアの取材に応じたり、情報発信したりする姿が目立ちます。かなりラフな格好に思えるのですが、非常事態だからやむを得ず、なのでしょうか。それとも意図的な部分もあるのでしょうか。

山口さん「意図的な部分はあると思います。ゼレンスキー大統領のカーキ色のTシャツは『略式軍服』の一部なのです。CNNは、ゼレンスキー大統領が地下壕(ごう)のインタビュー室にはいってくる姿を、『緑色の略式軍服に身を包んで現れた』と報道しています。

ゼレンスキー大統領は、情報発信時、Tシャツと同系色彩のジャンパーを着用した『略式軍服』姿が多いようです。CNNとのインタビュー自体は、上着を脱いで、半袖のTシャツ姿でした。これにより『腕まくりさえ必要ない。今すぐに行動できる』、『ウクライナ軍はもちろん、市民を代表するリーダーである』ことを印象づけたいのだと思いました」

Q.Tシャツ姿で情報発信することから、伝わるメッセージとは。英国議会でのオンライン演説でもラフな姿でした。

山口さん「英国議会と米連邦議会でのビデオ演説はカーキ色のTシャツ、カナダ議会とドイツ連邦議会では、略式軍服姿でした。国による服装の違いに意味があるのかどうかは分かりませんが、ゼレンスキー大統領は、カーキ色のTシャツだけでも、略式の軍服であると考えているのだと思います。

英国議会では、ロシアの攻撃開始以来13日間の、ほぼ毎日の戦況や、ウクライナ人の抵抗、ロシアの非道行為を一つずつ提示し、『われわれはヘリコプターやロケットと戦わなければならない。われわれの問いは“生きるべきか、死ぬべきか”である。これはまさにシェークスピアの問いである。もちろん生きるべきであり、われわれは決して諦めない』と話しました。

この演説にはTシャツの軍服姿が似合っていました。『ロシアの攻撃に対して、直ちに支援していただきたい』という強い願いが、服装にも込められていると感じました」

Q.ゼレンスキー大統領はコメディアン出身で俳優の経験もあり、メディア出演に慣れていると思います。そういった経歴も、服装に現れているのでしょうか。

山口さん「現れていると思われます。動画メディアが強い影響力をもつ現在、言葉だけではなく、服装や表情など見え方のすべてがメッセージの一部となることを、ゼレンスキー大統領はよく理解していると思います。

ただ、それだけではありません。『俳優出身なので、人心掌握術にたけている』とのコメントもよく見聞きします。それも事実だと思いますが、今、全世界のあらゆる国で必要とされるリーダーは、ゼレンスキー大統領のように、『国民の自由への願望』を最優先事項とし、信念のために戦う人間だと思います。

その意味では、政治家になる前の職業は関係がないと思います。むしろ長く専制的な政治家をやっていると、自己防衛のための国民に対する暴力も、他国民に対する無差別な虐殺行為も厭(いと)わない非人間的なリーダーに“進化”してしまうとの思いにとらわれます。

『ゼレンスキー大統領が降伏すれば、多くのウクライナ市民の命が救われる』とのネット上のコメントを読みました。これも事実かもしれません。しかし、ウクライナ国民の大多数は、『どんな犠牲を払っても、自由を売り渡してはいけない』と信じていると、私は思います。今、ウクライナで起こっていることは、人類の良心を根こそぎ破壊しようとする野蛮な行為です。

ゼレンスキー大統領は、政治経験こそ短いものの、その野蛮な行為に、全身で立ち向かっているように思います」

Q.対するロシアのプーチン大統領は、スーツでネクタイをきっちり締めた姿が多いと思います。こちらの印象や狙いは。

山口さん「プーチン大統領にとっては、『北大西洋条約機構(NATO)の脅威から国を守る』ための『特別軍事作戦』であり、戦争ではないので、スーツとネクタイ姿で業務をこなす普段の大統領を演じているのだと思います。数年前までは、柔道着姿や、上半身裸の乗馬姿、寒中水泳に挑む様子などをメディアに流し、『タフガイ』を演じていました」

Q.日本国内の話になりますが、新型コロナ関連の会見や防災関係の会見で、各知事が防災服姿ということがあります。ここにもメッセージがあるのでしょうか。

山口さん「メッセージはあると思います。東京都の小池百合子知事は、新型コロナウイルスに関する最近の記者会見で、防災服姿が目立ちます。危機感を表そうとしているのだと思います。

大阪府の吉村洋文知事は、コロナ禍以前から、『EXPO2025』の大きなマークがはいった『作業服』で、ほとんどの記者会見に臨んでいます。作業服といっても、上着の下はワイシャツにネクタイで、大阪万博のPRと共に、『働く府知事』のイメージを演出しているように思えます。本人は『スーツが嫌いなんです』と説明しているそうです」

Q.記者会見をする際の服装について、どんな点に注意が必要なのでしょうか。また、そこから私たちはどんなメッセージを読み取るべきか、教えてください。

山口さん「記者会見の視聴者には、『登場者の服装に惑わされることなく、言葉に耳を傾けるべきです』とアドバイスします。登場者には『テーマに合った、目立たない服装が大切』と助言しています。『目立たない服装』とは、違和感がない服装という意味で、その場合、視聴者の注意は『言葉』に向かいます。

企業の新商品発表などでは、商品次第ですが、トップであっても、開襟シャツにカラフルな上着姿の方が違和感が少ない場合もあると思います。業績や経営戦略の発表は、ビジネススーツが似合います。

謝罪会見では、濃紺や黒のスーツ姿が自然です。女性はネックレスなどの装飾品は身に付けないこと、男性は、白のワイシャツにネクタイ姿であるべきですが、ネクタイまで黒にすると、お通夜のように見えて、違和感が生じます」

 ゼレンスキー大統領は3月23日、日本の国会でオンライン演説をする見込みです。どんな服装で現れ、どのようなメッセージを発信するのでしょうか。

(オトナンサー編集部)

【写真】「われわれは自分の国を守る!」ゼレンスキー大統領とウクライナの人々を見る

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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