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“自撮り”駆使する初の大統領? ゼレンスキー大統領の情報発信が共感を得る理由

ウクライナのゼレンスキー大統領が、連日、SNSを通じて情報発信を行い、自国民や世界各国から多くの支持を得ていますが、どのような情報発信が理由で支持を得ているのでしょうか。

フェイスブックで公開されたゼレンスキー大統領の自撮り動画(2022年2月、AFP=時事)
フェイスブックで公開されたゼレンスキー大統領の自撮り動画(2022年2月、AFP=時事)

 ロシアのウクライナへの侵攻で、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が、連日、SNSを通じて情報発信を行っています。ロシアの理不尽な侵攻から、国を守ろうと戦う姿勢を見せるゼレンスキー大統領は、ウクライナ国民や世界各国から多くの支持を得ていますが、他国から攻め込まれるという非常事態に、支持や共感を得るための適切な情報発信を続けることは、とても難しいと思います。支持や共感を得ているのは、ゼレンスキー大統領のどのような情報発信がうまくいっているからなのでしょうか。広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「言葉のトーン」「韻を踏む」情報発信に工夫

Q.非常事態に、組織のトップはどのような情報発信をすることが必要なのでしょうか。

山口さん「“非常事態”といっても、企業の不祥事から東日本大震災のような大災害、ウクライナが直面している国家存亡の危機まで、危機の内容は大きく異なります。そのため、非常時の組織のトップが情報発信をする方法は、それぞれの事案に応じた最適の形があり、一概にこうすればよいとは言えないと思います。

例えば、企業の不祥事対応で大切なのは、うそをつかないこと、隠蔽(いんぺい)や情報操作をしないこと、謝罪すべき点があれば直ちに謝罪し、再発防止策を打ち出すことです災害時には、第一に人命を守る情報を発信すべきでしょう」

Q.ゼレンスキー大統領は、ほぼ毎日、SNSを通じて情報発信しています。非常事態において、トップの情報発信の頻度は重要なものなのでしょうか。

山口さん「非常に重要です。戦時においては、国民はリーダーを頼る傾向があります。国民の心に寄り添い、愛国心を鼓舞し、目標に向かって国を動かすには、リーダーと国民との間に絶え間ないコミュニケーションが必要です。

フェイクニュースが世界を混乱させている今日、トップの不断の情報発信は重要です。しかし、究極のフェイクニュース対策は、国民誰もが、あらゆる情報に自由にアクセスできることであり、一人一人がさまざまな情報をそしゃくした上で、どの情報が正しいか、自分の考えを持てることだと思います。

フェイスブックやツイッターなどのSNSの閲覧を遮断するロシアの情報統制は、前時代的な“フェイクニュース対策”であるだけではなく、官製メディアが発信する情報はフェイクであることを自ら国民に認めることになります。

3月7日にテレビ東京で放映された『プーチン大統領についてモスクワ市民の声』では、『この戦争は戦うだけのもので、全てが格好悪い』とか、『どちらが正しいか私には分からないが、戦争は反対です』との若者たちの声が印象的でした」

Q.これまでのゼレンスキー大統領の情報発信で、危機管理として、とても適切な情報発信だったと思われる事例を教えてください。

山口さん「『私はキエフを離れない』『大統領府で執務している』という情報発信です。これらの情報は、一度だけではなく間断なく発信されています。

始まりは、ロシアのメディアが『ゼレンスキー大統領はキエフから逃亡した』といううわさを流したことに対して、2月26日に『私たちは、皆ここにいる。兵士もここにいるし、市民もここにいる。私たちは独立を守る。ウクライナに栄光あれ』と話す動画を大統領府のフェイスブックに投稿したことです。

この動画は、驚いたことに大統領自身が撮影する“自撮り”動画で、夜に首都キエフの大統領府前で撮影され、政権幹部と並び立ち、一人一人が『ここにいる』と確認しています。私には衝撃的な映像でした。この動画は、ウクライナ国民の徹底抗戦のよりどころになったと思います。

その後、アメリカやイギリスのメディアが『亡命政権』の準備をしていると報道すると、すかさず、3月1日に、CNNとロイターの報道陣を大統領関連施設に近い秘密の地下壕(ごう)に招き、Tシャツ姿でインタビューに応じ、『ひげをそっていないですが、いいですか?』と冗談を言う余裕を見せながら、一歩も後に引かぬ姿を見せました。

また、3月7日に3回目の停戦交渉が進展のないまま終了すると、大統領執務室の窓際に立ち、自撮りのカメラで『(これは)夜のキエフ』と撮影を始め、スマホを持ったまま大統領の執務室に移動し、『私たちのオフィス』と悲痛な表情で話す動画を投稿しました。その後も、事あるごとに、情報発信は大統領の執務室から行われています」

Q.非常事態の情報発信では、発信する言葉の選択や、話し方のトーンも重要なのでしょうか。重要である場合、どのような言葉の選択や話し方のトーンがふさわしいのですか。

山口さん「重要です。表情などは、文章では細かくは伝えにくいですが、動画では可能だからです。

ゼレンスキー大統領の表情は常に真剣で、切迫感があります。それでいて、頼りがいを感じるのは私だけでしょうか。言葉のトーンには、激しい怒りを理性で押し殺しているような低い響きがあります。私は、ウクライナ語は分かりませんが、短い言葉を繰り返して韻を踏んでいるように聞こえます。聞き手の頭に、はっきりと入る話し方です。

本当かどうか分かりませんが『プーチン大統領はスマホを持っていない』との報道がありました。一方、ゼレンスキー大統領は、SNSに投稿する動画の一部をスマホの“自撮り”で作るなど、スマホ活用の達人だと思います。

YouTubeの動画の下に掲載された日本人のたくさんのコメント、例えば、『ゼレンスキーさん、顔がやつれていますね。寝る時間もないのでしょう。私たちの心は、あなたと共にあります』などを読むにつけ、動画が生みだす共感力を強く感じます」

Q.ゼレンスキー大統領は、ウクライナ国民や世界各国から、多くの支持や共感を得ています。結局のところ、どのような情報発信がうまくいっているからなのでしょうか。

山口さん「1つ目は、タイムリーに自分の言葉で情報を発信していることです。毎日投稿していても内容が同じではなく、日々、ロシアの理不尽な攻撃やフェイクニュースに対して、ウクライナ国民を代表しながら、一つ一つ自分自身の感情と感想がこもった言葉を発信し続けています。

2つ目は、変わらぬ信念に裏打ちされた発信を続けていることです。例えば、『戦争はウクライナで起きていますが、これは自由と民主主義と全世界のための戦争です』と話し、単にロシアの侵攻を防ぐための戦いではないことを訴えかけています。

3つ目は、世界への支援の要求が、過度ではなく、節度が感じられることです。例えば、『ウクライナは誰よりも勇敢に戦っています。しかし、われわれだけで、独自にロシアに対抗することはできません』というような表現です。

4つ目は、時と場合に応じた知性が光ることです。例えば、3月9日のイギリス議会でのビデオ演説では、シェークスピアの名セリフと、第2次世界大戦のナチス侵攻前夜にチャーチル元首相が話した言葉を引用した後、『どんな犠牲を払おうとも、われわれは自分たちの国を守ります』と発言しました。

このように、ゼレンスキー大統領は、正義と独立と自由を尊ぶ信念の持ち主であり、血が通っているだけではなく、理性的なリーダーであることを強く感じさせるからだと思います」

(オトナンサー編集部)

【写真】「われわれは自分の国を守る!」ゼレンスキー大統領とウクライナの人々を見る

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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