「併合」「戒厳令」宣言も、ウクライナ猛反撃で苦戦のロシア、背景には「グループシンク」?
世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。
ロシアが「特別軍事作戦」という名前の戦争をウクライナに仕掛けてから既に半年以上になり、東部4州の「併合」、さらに「戒厳令」まで宣言しましたが、ウクライナ、そしてその背後にいる西側各国の予想以上の反撃を受け、戦況は当初ロシアがもくろんでいたようには進んでいません。
侵攻前にロシア兵が想像した、ウクライナ国民に花束を持って迎えられる風景など全くなく、侵攻後にロシアが行ったさまざまな意思決定も多くが裏目に出ており、最近は敗走を始めつつあります。ロシアはこの戦争で多くの兵士、軍備、資金、そして信用を失いましたが、結局それに見合うだけのものは今のところ得られそうにありません。誤った意思決定を連発しているロシアの上層部に、いったい何が起きているのでしょうか。
「集団浅慮」に陥った?プーチン政権
実際の意思決定の過程はわれわれには見えないので想像するしかありませんが、彼らは「グループシンク(Groupthink)」に陥っている可能性が高いと言えそうです。グループシンクは、アメリカの社会心理学者のアーヴィング・ジャニスが50年も前に広めた概念で、「集団思考」とか「集団浅慮」と訳されます(言葉のニュアンスを正しく訳しているのは後者だと思います)。
ジャニスはグループシンクに陥る3つの前提条件を挙げています。
(1)集団凝集性が高いこと
凝集性の高い集団では、メンバーは集団の決定に反対する意見を避け、集団内の友好的な関係を維持しようとします。
(2)集団に構造的欠陥があること
集団が外部から孤立していて情報が届かず、リーダーが公正な議論をせずに自分の意見を通そうとし、メンバーの社会的背景が共通しているような状況です。
(3)状況の文脈
集団が高いストレス下に置かれているために、メンバーは自尊心が低下しており、批判されないように肯定的な結果だけを誇張し、議論を避けて迅速に決定を下そうとするような状況です。
これらは前提条件であるため、この特徴が当てはまる集団でも必ずグループシンクに陥るわけではありませんが、グループシンクに陥っている集団はこれらの特徴を備えていると考えられています。
ではグループシンクに陥ると、集団はどのようになるのでしょうか。ジャニスは次に挙げる8つの症状を示しています。
(1)不死身であるという幻想を抱く(過度に楽観的になり、リスクテイクを助長する)
(2)集団の大義を疑わなくなる(自分の行動の結果には目を向けない)
(3)集団に対する警告や否定的なフィードバックを軽視する
(4)集団に敵対する人を見下す(弱い・偏っている・愚かなど)
(5)自己検閲をする(自分の意見が集団の意見と違うかどうか検閲し、違えば言わない)
(6)全会一致の幻想を抱く(みんな自己検閲をしているので全会一致のように見える)
(7)同調圧力がかかる(異なる意見を言う人は不誠実だとレッテルを貼られる)
(8)集団の大義、決定、結束力などを脅かす情報から集団を守ろうとする
まとめると、個人の批判的思考より集団の調和が重視され、自分の考えや懸念を表明できなくなり、リーダーの言葉を疑わなくなっていくような状態です。このような状態に陥ると、代替案の検討や議題に対する批判的な議論が行われなくなり、最適な解決策が見落とされ、誤った意思決定がされやすくなります。
グループシンクの前提条件や症状を見てみると、驚くほど、ウクライナ侵攻におけるロシアの状況に当てはまっています。しかし、実はジャニスは、真珠湾攻撃の予測失敗、ピッグス湾(キューバ)侵攻の失敗、ベトナム戦争の失敗など、アメリカ政府の意思決定を題材にグループシンクの研究を進めました。
考えてみれば歴史の至るところで、あるいは、世界中の組織内会議のどこかで、グループシンクは毎日発生しているのかもしれません。
ドイツの哲学者ヘーゲルは「われわれが歴史から学ぶことは、人間は決して歴史から学ばないということだ」と言っています。なかなか皮肉な一言ですが、確かに人類は過去の失敗から学ばずに、同じようなことを繰り返しているようです。
話をロシアに戻しますが、ロシアがこの戦争に関して意思決定を続けなければいけない状況は、まだ終わっていません。グループシンクから抜け出せない限り、不適切な意思決定が続く可能性が高いですし、グループシンクから抜け出せる見込みもなさそうに見えますが、どうか「核兵器の使用」という最も愚かな意思決定だけは避けてほしいと、切に願います。
(近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢)
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