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五輪出場選手へのワクチン優先接種、実現したら法的問題はない?

東京五輪に出場する日本代表選手への、新型コロナウイルスワクチンの優先接種が検討されている、との報道がありました。この優先接種案に法的問題はないのでしょうか。

ワクチン接種で五輪選手を優先?
ワクチン接種で五輪選手を優先?

 東京五輪・パラリンピックに出場する日本代表選手を対象に、新型コロナウイルスワクチンの優先接種を可能とすることを政府が検討していると、4月7日に報道されました。加藤勝信官房長官は8日の記者会見で「現時点で、政府として具体的な検討を行っている事実はない」と発言する一方、報道機関への訂正要求や抗議の意思は示しませんでした。

 現在、ワクチンの優先接種の順番は医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人や高齢者施設などの従事者、の順となっていますが、東京五輪が7月23日に開幕する予定ということを考えると、高齢者の接種が完了しないうちに選手への接種が始まる可能性もありそうです。

 果たして、憲法などの観点から考えたとき、問題はないのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

「国民の生命を守る」観点から疑問

Q.ワクチン接種の優先順位の一部変更について、「国民の生命を守る」という観点から、どのような問題があるか教えてください。

佐藤さん「現状では全国民分のワクチンを確保できていない以上、ワクチン接種の優先順位は『なるべく多くの国民の生命を守る』という観点から決めるべき問題だと思います。国民の生命や健康は憲法が保障するさまざまな人権の大前提であり、国が何より優先して守るべきものだからです。

そのためには、医療を支える人、感染時のリスクが高い人から順にワクチン接種を行うことが大原則であり、優先順位の一部変更によって、死亡リスクの高い人をはじめとする国民の生命や健康に影響が出ることが心配されます。

現在はワクチン不足に加え、医療従事者の人手不足もあり、感染時の死亡リスクが高い高齢者への接種でさえ完了の見通しが立っていない状況です。さらに、十分な量のワクチンの確保が見通せない中、本来2回接種が必要なワクチンを1回の接種で済ませる方がよいかということさえ議論されています。

五輪については『ワクチンを前提としなくても安全・安心な大会を開催する』と政府や東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長が述べてきました。選手の優先接種を可能とする案の背景には、外国人選手と濃厚接触する日本人選手の安全確保があるようですが、死亡リスクの高い人より選手を優先させなければ安全確保を徹底できないのであれば、『濃厚接触するような競技を今すべきではない』『五輪の開催自体諦めるべきだ』という国民の声がより大きくなるのではないでしょうか。

政府には、国民の理解が得られる政治判断が求められると思います」

Q.「日本代表選手だから」という理由で優先接種の対象になるとしたら、医療従事者や高齢者、基礎疾患のある人が優先される理由とは別の「特別な人たちだから」という理由を政府が認めたとも考えられます。憲法が定める「法の下の平等」の観点などから、問題はないのでしょうか。

佐藤さん「『法の下の平等』の理念は『合理的理由のない差別を許さない』というものです。今回、医療従事者や高齢者などを優先的に接種させるという政府の判断を多くの国民が受け入れたのは『それが、より多くの国民の生命を守るという観点から合理的だ』と判断したからでしょう。それに対して、選手への優先接種について『不平等』という印象が持たれやすいのは、その必要性や合理性が感じられないからでしょう。

先述したように、政府が選手を優先接種の対象にしようと検討している理由は、外国人選手と濃厚接触する日本人選手の感染リスクが高いからのようです。それに対して、『選手の場合、感染しても死亡リスクは高くないのだから、優先接種の必要性はないだろう』『そもそも、感染リスクの高い行為をさせること自体、合理性がない』といった意見が多く出ています。

現状、限られたワクチンを誰にどのような順番で接種させるのかという問題は、国民の生命、自由、平等に深く関わる問題であり、日本全体のことを考え、国民の納得を得て進めていくべきだと思います」

Q.パラリンピックの選手の中には基礎疾患のある人もいますが、五輪の選手は基本的に健康で、一般市民より体力のある人が多いと思われます。その選手を一部の高齢者や基礎疾患のある人より優先する可能性について、どのように思われますか。

佐藤さん「個人的には先述した通り、ワクチン確保が見通せない今、より多くの国民の生命を守るため、医療を支える人、感染時のリスクが高い人から順にワクチン接種を行うことが原則だと考えます。また、高齢者や基礎疾患のある人より先に五輪の選手にワクチン接種を行うことになれば、国民の理解が得られるのか疑問を感じます」

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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