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窃盗は窃盗罪、強盗は強盗罪…なのに万引は窃盗罪 「万引罪」はなぜ存在しない?

窃盗は「窃盗罪」、強盗や恐喝はそれぞれ「強盗罪」「恐喝罪」に問われますが、万引は窃盗罪です。なぜ、「万引罪」は存在しないのでしょうか。

なぜ「万引罪」は存在しない?
なぜ「万引罪」は存在しない?

 他人の物を盗むのは犯罪行為ですが、その犯行場所によって「窃盗」と呼ばれたり、「万引」と呼ばれたりするほか、物を奪う手段によっては「強盗」「恐喝」と呼ばれることもあります。これらの行為を罰する法律として、窃盗は「窃盗罪」、強盗や恐喝はそれぞれ「強盗罪」「恐喝罪」がありますが、なぜか「万引罪」はなく、窃盗罪に含まれます。なぜ、「万引罪」は存在しないのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

他人の目を盗み、ひそかに盗むこと

Q.「窃盗」「万引」「強盗」「恐喝」、それぞれの違いは何ですか。

佐藤さん「窃盗は、他人が所持している物をその人の意思に反して盗むことです。刑法235条で『他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する』と定められています。他人の目を盗み、ひそかに盗む場合は原則として窃盗罪に問われます。万引は一般的に、買い物客を装い、商品を探すふりをして盗むことをいいます。お店が所持している物をお店の意思に反して、こっそり盗む行為であるため、窃盗の一形態になります。

強盗は強い暴行や脅迫を加え、相手を抵抗できないようにして、所持している物などを盗むことです。刑法236条1項は『暴行または脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、5年以上の有期懲役に処する』と定めています。所持している人の意思に反して盗む点では、窃盗と同じですが、強盗は、相手が抵抗できなくなるような暴行や脅迫を用いるため悪質性が高く、法定刑も重くなっています。

恐喝は暴行や脅迫を加え、相手を怖がらせ、所持している物などを差し出させることです。刑法249条1項は『人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する』と定めています。恐喝は相手の意思に反して盗むのではなく、暴行や脅迫によって相手を怖がらせ、自らの意思で物を差し出させる点が、窃盗や強盗と異なります」

Q.万引をすると問われる罪は窃盗罪で、万引罪は存在しません。犯罪行為の性質が異なり、呼び方も違うにもかかわらず、なぜ、万引罪は存在しないのでしょうか。

佐藤さん「先述した通り、窃盗は他人が所持している物を見つからないよう、こっそり盗む行為を広く含みます。そのため、『万引』も『すり』も『空き巣』も、基本的には窃盗罪に問うことになります。買い物客を装い、商品を探すふりをして盗むという万引のみ、窃盗とは独立した『万引罪』として処罰する理由はないでしょう」

Q.同じ窃盗罪に問われるのになぜ、「窃盗」「万引」と呼び方が分かれているのでしょうか。万引も窃盗に統一して呼べば、分かりやすいと思います。

佐藤さん「法律上は万引も窃盗の一つとして扱われていますが、一般的には盗み方によって、『万引』『すり』『空き巣』などと区別して呼ばれています。法律用語ではない『万引』『すり』『空き巣』などの言葉には、それぞれ語源があり、世間で自然と広まっていったものと思います。万引は商品を間引いて盗む様子から、すりは体を擦り付けるようにして盗み取る様子から、それぞれ呼ばれるようになったようです。

言葉は人々の生活の中で自然と広まっていくものです。法律上の呼び方と世間での呼び方がずれることは珍しいことではなく、あえて、法律上の呼び方に統一する必要もないでしょう。特に『窃盗』は広い概念なので、『万引』『すり』『空き巣』などと区別することにより、具体的な犯罪行為を思い描くことができる点で分かりやすいのではないかと思います」

Q.「『万引』の呼び方が犯罪であるという印象を弱めており、呼称を変えるべきだ」という指摘があります。法律の専門家として、「万引」という呼び方は犯罪の印象を弱めていると思われますか。

佐藤さん「『万引』という呼び方だけが、犯罪の印象を弱めているわけではないと思います。万引というと、駄菓子店で数十円の菓子をこっそり盗む、雑貨店で消しゴム1つを盗むといったイメージが浮かび、犯罪の印象を弱めているのかもしれません。

しかし、万引は本来、買い物客を装い、商品を探すふりをして盗むことなので、高価な物を盗む場合もカートいっぱいの商品を一気に盗む場合も含まれます。実際、そうしたケースも世間では『万引』と呼ばれており、被害額の大きいケースを想定すれば、必ずしも犯罪の印象が弱まるものではないでしょう。

実際の裁判でも、窃盗罪の量刑は損害の大きさや行為の悪質性などによって変わってきます。同じ万引の形態であっても、高価な物を盗んだり、計画性があったり、何度も繰り返し盗んだりすれば、重く処罰される可能性が高く、万引だから全て軽く処罰されるわけではありません。その点は、世間の感覚とも合致しているのではないでしょうか」

Q.「万引」という呼称は、このままでよいのでしょうか。

佐藤さん「あえて『万引』という呼称を変える必要はないと思います。昔から、日本に広く根付いている言葉ですし、先述した通り、万引にもいろいろあり、『万引』という言葉だけで、犯罪という印象が直ちに薄れるものでもないと考えるからです」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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