過酷な環境…大型クルーズ船を消毒、社会を支える「特殊清掃業者」の存在
新型コロナウイルスの影響で、孤独死や自殺の現場などで原状回復にあたる特殊清掃業者が注目されています。作業工程について、孤独死の実情に詳しい筆者が聞きました。

新型コロナウイルスの集団感染があった大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で消毒作業にあたった特殊清掃業者が注目を集めています。そもそも「特殊清掃」とは、孤独死や自殺の現場などの原状回復にあたる業者のことを指し、水害や火災などの復旧を手掛けることもあります。
年々、特殊清掃業に参入する業者の数は増えていますが、その背景には、単身世帯の増加や孤立による「孤独死」の急増で需要が増えているという事情があります。筆者は以前から、孤独死の現場を取材しており、特殊清掃業者の活躍を目の当たりにしてきました。
今回は特殊清掃の最前線について、福岡市で16年以上にわたり特殊清掃業を営む企業「ダスメルクリーン」の森大輔代表に聞きました。
クルーズ船ではひたすら壁を拭く日々
新型コロナウイルスの流行後、森さんの会社には企業からの問い合わせが殺到しています。「感染者が出たから除菌してほしい」という問い合わせはまだ少なく、その多くが「不特定多数の人が出入りする空間を、予防のために除菌したい」というものです。これまでに200件以上の相談が寄せられています。
森さんは、ダイヤモンド・プリンセス号で除染作業にも当たった数少ない業者の一人です。グリーンゾーン(防護服を着なくてもいい安全な区域)、レッドゾーン(防護服を着る区域)に分かれた船内で、森さんは危険性の高いレッドゾーンで作業に携わりました。
作業は1日9時間(午前8時~午後5時)で4日間。仕事内容としては、全ての壁という壁の汚染箇所を、特殊な薬剤を使って徹底的に拭くという地道な作業だったといいます。階段の手すりなどはもちろんのこと、壁にかかったポスターやテレビ、絵画など多岐にわたり、その作業は根気の要るものでした。
顔はマスクとゴーグルで覆い、使い捨ての防護服、手は感染対策されたグローブ、足元はブーツという装備を身にまとっての作業となりました。そのため、暑さも尋常ではなかったといいます。
「船内は過酷でした。暑いし、すぐに脱水症状を起こして体力を消耗するんです。そのため、30分から1時間ほど作業したら、動きを止めて休憩していました。マスクのせいで息もしづらいので、時間が来たら下船して新鮮な空気を吸うんです。これだけ世界を怖がらせている新型コロナウイルスなので、感染力も強いと思っていました。普段の特殊清掃よりも緊張感がありましたね」(森さん)
それでも、森さんが危険な現場に向き合う理由は「誰かがやらなければいけない」という使命感だといいます。
「もちろん、自分や社員の健康のことを考えると、不安や恐怖もあります。でも、この状況が続くと、営業を自粛する企業が増えて、経済に大きな打撃となってしまいます。私の知り合いは飲食店に食材を卸す会社を経営していましたが、新型コロナが原因で倒産しました。これ以上感染者を出さないように、自分たちもそのお手伝いができるように動いていきたいと思っています」
森さんはダイヤモンド・プリンセス号で、WHO(世界保健機関)やCDC(アメリカ疾病予防管理センター)、厚労省の指導の下、まるで手作業で洗車するかのような徹底した拭き取り作業の工程を実学として学んだそうです。そのノウハウや実践の蓄積を今後、新型コロナウイルスで苦しむ企業などの消毒作業に生かしたいと感じています。
また、「今後も新型コロナウイルスと最前線で戦っていく」と力強く語っています。
特殊清掃業はこれまでも、孤独死などの過酷な現場と向き合って、日本が抱える社会問題の受け皿となってきました。彼らの存在は、私たちが普段送っている社会生活では、なかなか可視化されません。医療従事者はもちろんのこと、今この瞬間も危険な状況の最前線に身を置いている人たちがいます。
ウイルスと戦うそんな全ての人たちの存在によって、私たちの社会が支えられていることを忘れないでおきたいものです。
(ノンフィクションライター 菅野久美子)
コメント