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接種で“特典”の自治体も 新型コロナワクチン、なぜ最初から義務化しない?

新型コロナウイルスのワクチンを接種するか否かは「個人の判断」ですが、特典を提供する地方自治体もあるなど、盛んに接種が推奨されています。打てる人に接種してほしいなら、なぜ、最初から接種を「義務化」しなかったのでしょうか。

ワクチン接種、義務化しないのはなぜ?
ワクチン接種、義務化しないのはなぜ?

 新型コロナウイルスのワクチン接種について、副反応の懸念などから、体質的には接種が可能でも「接種をしない」と決めた人が一定数いるようです。こうした人や接種するかどうか未定の人に対して、国や地方自治体、医療業界はマスメディアなどを通じて接種を促し続けており、中には、特典を用意して、接種を促している自治体もあります。

 しかし、国の文書では、最終的に接種は「個人の判断」で決めるとされており、国などの姿勢に「『接種しない』という判断は尊重されないのか」と疑問を感じる人もいるでしょう。特典を付けてまで接種を促すのであれば、なぜ最初から、法律で接種を義務化しなかったのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

義務から努力義務への歴史

Q.新型コロナウイルスのワクチン接種について、法律ではどのようにすべきと定められていますか。

佐藤さん「新型コロナウイルスのワクチン接種は予防接種法上、麻疹(はしか)や風疹などの予防接種と同様、『接種を受けるよう努めなければならない』という規定が適用されます(同法9条)。これは『努力義務』と呼ばれ、接種を受けるか否かは、あくまで、本人の意思に委ねられています。つまり、ワクチン接種は、感染症のまん延を緊急に予防するために行われており、法律で定められた努力義務は国民への接種のお願いのようなものです」

Q.「接種を受けるよう努めなければならない」という努力義務と、「接種を受けなければならない」という義務との違いを教えてください。

佐藤さん「努力義務は先述したように国民に対するお願いであり、違反したとしても罰則などの制裁はありません。社会に一定の方向性を示すものですが強制力がないため、効果には限界があります。一方、『~しなければならない』『~してはならない』などと法令で定めている義務の場合、罰則が定められているものもあります。罰則がなかったとしても、違反した場合、損害賠償請求をされるなど法的責任を追及される可能性があります。

なお、社会の変化により、努力義務規定が義務規定に改正されたり、逆に義務規定が努力義務規定に改正されたりすることもあります」

Q.接種するかどうかは最終的に「個人の判断」で決められると国の文書には書かれています。しかし、国や地方自治体、医療業界の接種を促すメッセージを聞いていると「『接種しない』という判断は認められないのか」という気持ちにもなります。「個人の判断」としているのに、「接種しない」と決めた人の判断を変えさせようとする動きは問題ないのでしょうか。

佐藤さん「個人の判断を強制的に変えさせようとするのは問題ですが、社会が接種を促すこと自体は問題ありません。例えば、国がワクチン接種を促すテレビCMを流したり、地方自治体がワクチン接種のメリットを伝えるパンフレットを配ったりすることは『強制』には当たらず、許されます。

それに、接種するか否かの判断は、一度決めたら、絶対に変わらないというものでもないでしょう。国としては、日々、アップデートされていく正しい情報を提供しながら、国民が判断しやすくすることも大切です。ただし、『強制』なのか『お願い』なのかの線引きは微妙です。接種しない人に不利益を与えたり、何度も執拗(しつよう)に接種するよう説得を続けたりすれば、強制に当たり違法になるでしょう。

一方、特典を用意して接種を促すことは未接種者に不利益を与えることとは異なり、個人の自由な判断を促す一つの動機付けとして、程度にもよりますが基本的には許されるでしょう。自由な社会生活を取り戻すため、集団免疫の獲得を目指している今、ともすると強制に傾いてしまうリスクがあるので、気を付ける必要があると思います」

Q.新型コロナの感染拡大を抑えるために、国や地方自治体、医療業界がワクチン接種を広く促したい気持ちも分かります。では、なぜ最初から、ワクチン接種を法律で義務化しなかったのでしょうか。義務化できない理由があるのですか。

佐藤さん「予防接種法はかつては『予防接種を受けなければならない』という義務規定でした。しかし、天然痘の予防接種などで健康被害が発生し、体質などから接種を回避すべき人にまで予防接種させない体制をつくることが求められました。それを受けて、1994年の法改正により、従来は『義務』とされてきた定期接種が『努力義務』へと変更されたという経緯があります。

そのため、今回の新型コロナのワクチン接種についても、麻疹や風疹など他の定期接種のワクチン同様、予防接種法上の努力義務の規定が適用されているのです」

Q.米国では、政府機関に勤める職員にワクチン接種を義務付けたり、企業が社員に接種を義務付けたりする動きがあります。もし、日本でも同じようなことをすると違法行為となるのでしょうか。

佐藤さん「『接種しなければ不利益を与える』という形で義務付けるのであれば、今の日本では違法性が認められるでしょう。例えば、ワクチン接種の業務命令を出し、接種しない社員に減給や降格を伴う不利益な処分を下した場合、不利益処分は無効になり、処分を下した機関は損害賠償責任を負う可能性があります。

ただ、職種によっては、感染拡大防止の観点から、ワクチン接種の必要性が高い場合があります。その際は、本人の意思を尊重しながら接種を勧奨したり、本人の同意を得た上で配置転換を検討したりするなど工夫が必要となるでしょう」

Q.今後、日本でも、法律で接種を義務化される可能性はあると思われますか。思われませんか。

佐藤さん「先述したように、ワクチンは体質によって接種できない人も一定数います。予防接種法が義務規定から努力義務規定へと改正された経緯を踏まえると、義務化の可能性は低いのではないかと思います。個人の命や健康を守り、集団免疫を獲得して自由な社会生活を取り戻すため、ワクチン接種の必要性があるのは確かです。

接種率を向上させるため、国や企業がどこまで個人に働き掛けてよいのか、今後、一定の指針が作られていくのではないかと思います。ワクチン接種を巡り、差別や分断が生まれないよう、十分な配慮が求められるでしょう」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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