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アルファ、ベータ、ガンマ…「変異株」名称に“ギリシャ文字”が使われる理由は?

「デルタ株」など新型コロナウイルスの「変異株」はギリシャ文字を使用して呼ばれています。なぜ、ギリシャ文字で呼ばれるようになったのでしょうか。

変異株の名前、なぜギリシャ文字?(画像はイメージ)
変異株の名前、なぜギリシャ文字?(画像はイメージ)

 世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大するのに伴い、「変異株」が次々と発見されています。当初は、変異株が最初に発見された国の国名を冠して「イギリス株」「南アフリカ株」「ブラジル株」「インド株」などと呼ばれていましたが、現在ではそれぞれ、「アルファ株」「ベータ株」「ガンマ株」「デルタ株」といったように、ギリシャ文字を使用して呼ばれています。なぜ、変異株はギリシャ文字で呼ばれるようになったのでしょうか。医療ジャーナリストの森まどかさんに聞きました。

シンプルで言いやすく、覚えやすい

Q.変異株の名称は、最初に発見された国の国名を冠した呼び方になじみがあります。変異株が見つかった当初から、国名を冠した呼び方が一般的だったのでしょうか。

森さん「当初、変異株の呼び方は、最初に変異株が検出された国の名前を冠した通称▽新型コロナウイルスの国際的な系統分類命名法による学術的な呼び方(例えば、アルファ株はB.1.1.7系統の変異株、ベータ株はB.1.351系統の変異株)▽主な変異が何かという内容をそのまま呼称にする――など、専門家や報道機関によって表記が混在していました。つまり、国名を冠した呼び方だけではなく、さまざまな呼称がありました。

そこで、分かりやすく実用的にするため、今年5月、世界保健機関(WHO)はギリシャ文字を使った新しい命名システムである『WHOラベル』を発表しました。これ以降、WHOが指定する『懸念される変異株(VOC)』『注目すべき変異株(VOI)』については、ギリシャ文字による名前で表記され、報道機関などにもギリシャ文字による名称を使用することが勧奨されています。

例えば、イギリスで昨年9月に検出された変異株は日本で『イギリス株(型)』と呼ばれていましたが、現在は『アルファ株』と言い換えられています。同様に『南アフリカ株』は『ベータ株』、『ブラジル株』は『ガンマ株』、『インド株』は『デルタ株』とそれぞれ呼ばれるようになりました」

Q.国名を冠した呼び方は分かりやすいと思うのですが、なぜ、やめたのでしょうか。

森さん「特定の国や地域の名前をウイルスの名称に使用することで、偏見や差別につながる可能性があるからです。偏見や差別を避けるために、新たな変異株の公表に消極的になる国が出ることや、何らかの意図を持った上でその名称が使われることは、ウイルスの調査や適正な評価を妨げることにつながるという懸念も理由の一つです」

Q.他言語の文字でも可能と思うのですが、なぜ、変異株がギリシャ文字で呼ばれるようになったのですか。

森さん「WHOはギリシャ文字を用いた理由として、『シンプルで、言いやすく、覚えやすいという理由でギリシャ語のアルファベットを使用した』とニュースリリースで発表しました。新しい呼び方の選定では『命名に関する専門家、命名法に詳しい法律家、ウイルス分類学の専門家、研究者、主要国の代表らが招集されたグループによって、さまざまな命名システム候補の中から検討された』とも説明しています。

ギリシャ文字以外の呼び方については、ロイター通信が『ギリシャ神話の神の名前なども候補に挙がっていたものの、多くが社名やブランド名に使用されているため見送られた』と報じており、すでに使用されている名称が多く避けられたようです。また、生物の分類において、『学名(世界共通の名前)』にはラテン語、あるいは、ギリシャ語を起源とする名前が使用されてきた長い歴史があります。そうしたことも影響しているかもしれません」

Q.最近、注目されている変異株が南米のコロンビアで最初に発見された「ミュー株」です。24あるギリシャ文字の12番目に当たりますが、もし、24ある全てのギリシャ文字を使い切った場合は、どのような呼ばれ方になる可能性がありますか。

森さん「すでに、ギリシャ文字の次に使う新しい呼び方は検討されています。大前提として、呼び方によって、少しでも不快に思う人がいない名前が好ましいと考えられており、イギリスの新聞『テレグラフ』によると『星座にちなんだ命名になる可能性がある』と、WHOの新型コロナウイルス対策技術責任者であるマリア・バンケルコフ博士が述べています」

Q.インフルエンザでは「ソ連型」「香港型」というように、ウイルスの名称として国名や地域名が使われているように思います。現在は新型コロナの変異株と同様の理由で、「ソ連型」「香港型」と呼ばれなくなってきているのでしょうか。

森さん「日本では現在も、インフルエンザウイルスの特定の種類(亜型)を指して『ソ連型』『香港型』と呼んでいます。『偏見や差別につながる』として、国名や地域名で呼ばれなくなった新型コロナウイルスとの違いには、爆発的な流行を起こした当時の時代背景も関係しているようです。

実は、WHOは新たに見つかった病気の名前に地名や人名、職業に関連した名前、動物や食品の名前などを使用しないように勧告していますが、これは2015年、つまり、今から6年前にまとめられた指針です。新型コロナウイルスは2019年に見つかったウイルスなので、この指針に従っている形です。

一方、インフルエンザの『ソ連型』は1977年から、『香港型』は1968年から、流行を繰り返してきたため、指針が出される以前から長く使用され、すでに定着していると考えられます。ウイルス学の専門家に聞いたところ、『当時のルールで呼ばれるようになったこの呼び方に、特に問題があると考えていない。ウイルスの流行は、その流行している地域の特性や流行した年と切り離して考えることができないことが多いので、発見された地域名などで表記するという方法の方が適切と現在でも思う』と話していました。

呼び方を変更する動きも現在のところ、ないようです」

(オトナンサー編集部)

森まどか(もり・まどか)

医療ジャーナリスト、キャスター

幼少の頃より、医院を開業する父や祖父を通して「地域に暮らす人たちのための医療」を身近に感じながら育つ。医療職には進まず、学習院大学法学部政治学科を卒業。2000年より、医療・健康・介護を専門とする放送局のキャスターとして、現場取材、医師、コメディカル、厚生労働省担当官との対談など数多くの医療番組に出演。医療コンテンツの企画・プロデュース、シンポジウムのコーディネーターなど幅広く活動している。自身が症例数の少ない病気で手術、長期入院をした経験から、「患者の視点」を大切に医師と患者の懸け橋となるような医療情報の発信を目指している。日本医学ジャーナリスト協会正会員、ピンクリボンアドバイザー。

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