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小さな文字、膨大な量…商品の「規約」はなぜ読む気を失わせる表記なのか

東京五輪の観戦チケットの購入・利用規約などは、小さな文字や膨大な量の文章で書かれている場合がほとんどで、読む気持ちが失われます。なぜ、こうした表記なのでしょうか。

規約はなぜ小さな文字?
規約はなぜ小さな文字?

 3月24日、東京五輪・パラリンピックの開催延期が決まりました。議論の過程で「中止」も取り沙汰されましたがその際、「東京五輪・パラリンピックが新型コロナウイルスの影響で中止になった場合、大会組織委員会が定める観戦チケットの購入・利用規約上、払い戻しはできない見通し」という見解が報道され、話題になりました。組織委は報道内容を否定しましたが、もし規約で払い戻しが不可能と解釈できるならば、チケット購入者は規約に同意の上で購入しているため文句は言えません。

 しかし、五輪チケットに限らずこうした「規約(約款)」は、小さな文字や膨大な量の文章で書かれている場合がほとんどで、最後までしっかりと読んで内容を理解する気持ちが失われる人も多いと思います。なぜ、規約は、内容を理解しようとする気持ちを失わせるような表記なのでしょうか。契約実務にも詳しい芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

膨大な文章をコンパクトに見せる

Q.なぜ、契約書などの規約は小さな文字で書かれていたり、膨大な量の文章だったりするのでしょうか。内容を理解しようとする気持ちを失わせるように見えてしまいます。

牧野さん「規約は企業と顧客との重要な契約書になります。そのため、企業側は顧客との間で契約に関するトラブルや不履行が発生しないよう、法律的に有効で漏れのない規約を作成しようとします。すると、結果的に膨大な量の文章となってしまいます。膨大な文章をコンパクトな形で見せようとするため、小さな文字になってしまう傾向にあるようです」

Q.規約の作成者側にとって、小さな文字や膨大な量を書くことにどのようなメリットがあるのでしょうか。

牧野さん「メリットの有無ではなく、先述のように法律的に有効で漏れのない規約を作成しようとして、結果として小さな文字になってしまっているのだと思います。ただ、これは推測ですが、小さな文字で書くことによって、消費者が時間をかけて規約を読み、内容を理解しようとする気持ちを失わせることを意図している企業も、もしかしたらあるかもしれません」

Q.商品やサービスの購入・利用予定者が不利益を被ったとき、「規約には責任を負わないとあるが、内容を理解できないまま購入したので補償してほしい」という言い分は法的に通用するのでしょうか。通用しないのでしょうか。

牧野さん「法的には通用します。消費者契約法や改正民法(4月1日施行)により、消費者は法的な保護を受けることができます。消費者契約法8条1項1号では、消費者に生じた損害の賠償責任を一方的に免除する規定を無効と定めています。また、改正民法の定型約款(548条の2の2項)として『最初から合意しなかった』と主張することができます」

Q.簡潔な表現をしたり、文章の分量を少なくしたりするなど、規約の表記を誰でも読みやすくすることは難しいのでしょうか。

牧野さん「規約の目的は、契約に関するトラブルや不履行が発生しないようにすることです。あらゆる契約に関するトラブルや不履行のケースに対応する必要があり、簡潔な表現や文章の分量を少なくすることは非常に難しいです。繰り返しますが、弁護士などの専門家が関与して、法律的に有効で漏れのない規約を作成しようとすると、結果的に膨大な量の文章となってしまうのです」

Q.商品やサービスの購入・利用予定者は、規約をあまり読まずに商品やサービスを購入することは避けた方がよいのでしょうか。規約の内容が分かりづらい場合は、時間をかけても理解できるまで同意しない方が無難ですか。

牧野さん「消費者が時間をかけて規約を理解することが望まれますが、現実には、企業から提示される長く複雑な規約を理解するのは、いくら時間をかけても、専門家でない限り非常に難しいでしょう。

スマホの通信契約も規約に従って行われていますが、消費者が全てを理解することが時間的にも知識的にも難しいので、重要事項だけ特に取り上げて説明するようにしています。マンションなど住居の不動産の購入契約や賃貸借契約では、『重要事項説明書』を用意して重要事項だけ特に取り上げて説明することが法律で定められています(宅建業法35条「重要事項の説明等」)。

今後は、企業側も長文の規約だけ提示して終わりというのではなく、重要事項説明書のようなものを用意して、重要事項だけ特に取り上げて説明することを実務的にルール化していくことが望ましいでしょう」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

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