家の所有権は借金肩代わりした弟へ 兄の欲望と焦燥が生んだ争続(下)
母から聞いた5年前の真相、融資金の使途は…
育也さんはてっきり、兄が工場の跡継ぎで、“あの事件”が起こるまで父親と二人三脚で切り盛りしてきたのだと思い込んでいました。
しかし、母親によると兄の正体は全く逆。工場の仕事はほとんど手伝わず、昼間は自室でパソコンの画面とにらめっこ。デイトレード、FX、そして仮想通貨。その時々のはやりものに手を出すのですが、すでに流行遅れのタイミングなので、もうけが出ないどころか損失のオンパレート。株式は値下がりで含み損を抱え、FXは信用取引で損失を拡大させ、揚げ句の果てには、仮想通貨の事業主が経営破綻し、通貨は紙ペラと化したのです。
手持ちの資金を溶かした罪悪感を忘れたかったのか…午後4時30分のチャイムが鳴ると、駅前の飲み屋に繰り出し、浴びるほど酒を飲んで泥酔して帰宅する日々。
毎晩の飲み代もカードローンでまかなうので借金返済のために借金をする…自転車操業を繰り返したのですが、少しでも返済しないとローンの枠が増えません。そのたびに兄は父親に泣きつき、金をせびり、遊ぶ金を入手するのですが、父親も資金が尽きてしまい…途中からは「運転資金」とうそをつき、信金から融資を受け、兄に渡すという繰り返しに。しかし、融資は打ち出の小鎚ではなく、自宅を担保に入れても限界があります。
融資額が2000万円に達した時点で白旗を上げたというのが、5年前の真相だったのです。工場の売り上げは堅調だったので、兄の尻ぬぐいをしなければ、F1部品の製造を続けることができたはず。思いがけぬ形で兄の鬼畜のごとき悪行を聞かされ、育也さんは実家から自宅へ帰る車中、高鳴る胸の鼓動でめまいを起こし、震える手を押さえながら運転を続けたので、自宅までの記憶が飛んでしまったそうです。
だからこそ、「父は兄に殺された」という言葉につながったのでしょう。
ここまで、育也さんの苦悩を見てきましたが、いかがでしたか。育也さんは思いがけぬ形で遺産“争”続に巻き込まれたのですが、血のつながった兄に毅然(きぜん)とした態度を取ることは案外、難しいものです。人生で一度しか現れない他人ならともかく、親戚はずっと接点を持ち続けなければなりません。
そのため、相手が強欲で傲慢(ごうまん)、自己中心的だということが分かっていながら、無理な要求を丸のみすることで世間体を保とうという人も一定数存在します。「金で済むなら安いものじゃないか」と。
しかし、親戚関係を断ち切ることができないのなら「事なかれ主義」は危険です。相続は1回限りではなく何度も発生しますし、相続以外の場面でも、お金が底をついたら何回でも金の無心をしてくるからです。「言えば払う」というレッテルを貼られると、「他の親戚を巻き込みたくないのなら」と足元を見られ、そのたびに援助しなければなりません。
先々の長い付き合いを考えると、育也さんのように一度おきゅうを据えておき、後顧の憂いを断つ方が賢明でしょう。
(露木行政書士事務所代表 露木幸彦)


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