家の所有権は借金肩代わりした弟へ 兄の欲望と焦燥が生んだ争続(上)
工場を経営していた父親の死後、家の土地、建物の所有権が弟に移っていることを知り、詰め寄ってきた兄。その根拠となったのが「遺留分侵害額請求権」でした。
「父親の死」は人を豹変(ひょうへん)させるのに十分な出来事です。例えば、今まで悪名高かった兄が金欲しさに善人ぶるケース。これまで仲良しだった兄が、目の上のたんこぶ(父親)が消えた途端に悪人面をするケース。
もともと疎遠だった兄が、通夜、葬儀、四十九日法要で優等生の仮面をかぶり、「親孝行したいときに親はなし」と号泣。兄弟間の雪解けを期待させておきながら、遺産協議の場で本性をむき出しにし、独り占めを企て、おかしな持論を展開する…もともと悪人だった兄が父親の死をきっかけに極悪人にエスカレートするケース。
3番目のケースは最悪ですが、兄の手のひら返しに悩まされているのは今回の相談者、鈴木育也さん。
父親が健在だったとき、鈴木家は“ある事件”によって一家離散の危機に陥りました。兄はもちろん親戚中の誰もが「われ関せず」と無視を決め込んだ中、育也さんだけが救いの手を差し伸べ、父親の借金2000万円を肩代わりするのと引き換えに、実家の所有権を受け取ったのです。
育也さんのおかげで実家を失わずに済んだのですが5年後、父親が天国へ旅立つと兄が豹変。「お前が勝手にやったことだろ? 俺の取り分を払えよな!」と詰め寄ってきて…。
確かに、生前贈与は「相続した」と解釈されるので(平成10年3月24日、最高裁判決)、そのせいで兄が遺留分を得られない場合、その分を請求することが可能です(民法1046条、2019年7月新設の遺留分侵害額請求権)。兄の言い分があながち間違っているわけではないので厄介です。
「父は兄に殺されたと思っています。あのことがなければ、父は今でも元気だったはずなんです!」
育也さんは顔を真っ赤に腫らし、涙ながらに訴えますが、育也さんと兄、そして父親との間に一体何があったのでしょうか。
<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名)。年齢は相談時>
鈴木拓也(42歳、一蔵の長男) 町工場経営、独身
鈴木育也(40歳、一蔵の次男) 会社役員、妻子あり ※相談者
鈴木一蔵(享年76歳) 町工場経営
鈴木節子(74歳、一蔵の妻) 専従者
四十九日法要から2カ月後。兄が育也さんの自宅を訪ねてきたそう。まだ喪中とはいえ、喪服を着た兄の様子は明らかにおかしかったのですが、平日の昼間だったので育也さんは不在。妻が代わりに応対したのですが、兄は「あのときは何もできず、悪かったと思っています」と言って封筒を手渡すと、そそくさと姿を消したといいます。
封筒には5万円の現金が入っていましたが、妻はこれが何なのかよく分からないまま、取りあえず受け取るしかありませんでした。5年前の事件で兄は一切協力せず、見て見ぬふりをし、育也さんに尻ぬぐいをさせたという経緯があります。当時の罪悪感や劣等感が、父親の逝去をきっかけに芽生えたのかもしれません。
「5年ぶりに当時の書類を見返しました。正直、僕にとって、5年前の事件は思い出したくない出来事でした」
育也さんはそう振り返りますが、これは兄が仕組んだ巧妙なわなだったのです。それは後日、育也さんが「これはどういうこと?」と兄に電話をかけたときに明らかになったのですが、まずは5年前の事件を掘り下げましょう。
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