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「遺産相続でもめるのは財産少ない人」「準備しないと大変」 不安あおる終活業者の不誠実

誰もが、いつかは関わるものでありながら、詳しく知る機会が少ない「葬祭」や、人生の終盤にまつわる物事について、専門家が解説します。

相続でもめるのはどんな人?
相続でもめるのはどんな人?

 相続が争続(そうぞく)にならないように――。このような言葉が「終活」かいわいではよく使われています。「終活」とは「人生の終わりについて考える活動」という意味を持つ造語であり、相続や生前整理、遺言書、お墓、葬式など、さまざまな準備を内包する言葉ですが、この中で特に問題が表面化しやすいのが「相続」といわれています。

 しかし、「遺産相続でもめるのは多くの財産を持つ人ばかりではなく、むしろ、財産の少ない人の方が多いのです」「人生の終わりに向けて、子どもに迷惑をかけない準備をしないと大変です」というのは、よく聞くセールストークにすぎません。では、実際に相続関係で法的にもめる人はどのくらいいるのでしょうか。

調停・裁判は1%弱

遺産分割事件の推移
遺産分割事件の推移

 被相続人が亡くなったことに伴う遺産の分割について、調停・裁判になったケースのことを「遺産分割事件」といいます。その総数を2018年度から10年分さかのぼって見てみると、おおむね1万~1万3000件で推移しているのが分かります。多少の誤差はあるにせよ、おおむねは死亡者数100人につき1人ほど、つまり、調停や裁判に至るのは1%弱ということが分かります。これは「遺産相続の問題によって争いが多くなる」と主張する、終活かいわいの人たちが口にしない事実です。

 年による変動はあれども「死亡件数100件のうち、法的な争いになったのは1件程度」。これを多いと見るか、少ないと見るかは受け手によって変わりますが、小学校1学年が1クラス30~40人で全3クラス程度だとすれば、だいたい100人規模なので、「1学年に1人は、何でももめ事にしてしまう人がいる」のと同じような体感の数字ではないかと思います。多くの遺族は普通に親族で話し合い、相続を行っているのが実情でしょう。

 おおよそ20年ほど前に「終活」という言葉が登場して以来、これだけマスコミで報道され、エンディングノートがブームになって延べ何十万冊も売れ、「終活によって相続が争いではなく、子どもに迷惑をかけないものになる」と主張されているにもかかわらず、事件数や事件比率はずっと横ばいなのです。

「相続対策をしましょう」「遺言を残しましょう」という動きが死後の手続きに影響しているのならば、相続時に調停・裁判になる件数は減少傾向にあるはずです。そこに変化がないということは、つまり、取り立てて数字に反映されるような影響がなかったとみるのが妥当だと思います。

 このように言うと「本来はもっと、事件数・相談件数が増えるはずが、終活による相続対策が行われていることによって1%程度に抑えられているのだ」と反論されることもあります。本来なら何%増加しているのか、客観的な証拠を持って反論してほしいのですが、一度もまともな反論をされたことがありません。また、「当社はこんなにも相談件数が増えている」という人もいますが、それは自社の商売が軌道に乗っているというセールストークであり、終活で相続対策を行う人が増えたことの客観的な証拠とは言い難いものです。

事実なのか、あおりなのか

2015年度の事件件数割合(司法統計年報より筆者作成)
2015年度の事件件数割合(司法統計年報より筆者作成)

「全体の約3分の1を遺産額1000万円以下の事件が占め、全体の4分の3以上を遺産額5000万円以下の事件が占めています。これは、相続争いが『お金持ちだから起こる』のではなく、むしろ、財産がそんなにない人でも起こる身近なリスクだと示しています。現代では、生前に相続リスクに備えることが当たり前なのです」

 このような説明をしている終活ビジネス業者や、士業のウェブサイトがよく見受けられます。ここで再度振り返りましょう。「死亡者100人につき、調停や裁判になる事例が1%程度ある。その比率は年次で見てもあまり変わらない。そしてどうやら、終活が流行したからといって、もめる件数には大きな影響はなさそうである」ということを。

 司法統計年報からグラフを作成しました。このグラフを見て分かるのは「相続争いは財産の少ない人に多く見られる」ことではなく、「社会の中で比率が多いのは『遺産額が1000万円以下の人』なのだから、それに伴って、もめ事の比率が多くなるのは当然」だということです。

 総務省の2019年全国家計構造調査によると、金融資産残高が300万円未満の世帯は37%ほどで、それらの世帯では、不動産などを加えても、遺産額が1000万円以下の人が多いと思われます。財産の多寡にかかわらず、どんな人であっても“もめるときはもめる”のです。

「死ぬことへの準備」は決して昔から、タブー視されているものではありません。例えば、お子さんのいない夫婦の場合、配偶者が亡くなったときにはその親や、場合によっては故人のきょうだいに相続権が発生するため、遺言書を作ることは死後に家族間でもめないためにも非常に有効です。個別の事情による死後の準備は個々人の自由ですが、不安感情を扇動し、データを無視して、まるで、全ての人が終活や相続対策をしなければいけないとするようなビジネススタイルはもう通じない時代になっています。

「相続対策を行えば、遺産相続時のもめ事が減る」ならば、統計結果に表れるはずですが、先述のように、その比率にあまり変わりがないことは明らかです。「もめるときはもめるが、そのときの足しになるから、遺言書などを作っておいた方がいい」と、終活業界の人たちも正直に言えばいいのです。

 消費者に喜んでもらうためのビジネスは誠実であることが大前提です。“誠実な”終活ビジネス、特に相続に関するビジネスがあるとしたら、いたずらに不安をあおるのではなく、「安心を目指して共に歩ける相手」として存在するのがあるべき姿だと思います。相手が不安をあおる人なのか、それとも安心を生み出す誠実さがある人なのか。消費者一人一人がそれを知ることで流れが変わるでしょう。この解説が、皆さんが終活を始めようとするとき、共に歩いてくれる誠実な相手を見つける一助になれば幸いです。

(佐藤葬祭社長 佐藤信顕)

佐藤信顕(さとう・のぶあき)

葬祭ディレクター1級・葬祭ディレクター試験官・佐藤葬祭代表取締役・日本一の葬祭系YouTuber

1976年、東京都世田谷区で70年余り続く葬儀店に生まれる。大学在学中、父親が腎不全で倒れ療養となり、家業を継ぐために中退。20歳で3代目となり、以後、葬儀現場で苦労をしながら仕事を教わり、現在、「天職に恵まれ、仕事も趣味も葬式」に至る。年間200~250件の葬儀を執り行い、テレビや週刊誌の取材多数。YouTubeチャンネル「葬儀葬式ch」(https://www.youtube.com/channel/UCuLJbkrnVw6_a35M0rk8Emw)。

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