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「楽して痩せた」と非難も…糖尿病薬「マンジャロ」ダイエット乱用の背景にある“過酷なルッキズム”

糖尿病治療薬「マンジャロ」が乱用される背景について、評論家が解説します。

無許可販売されていた糖尿病治療薬「マンジャロ」(6月2日、大阪市、時事通信フォト)
無許可販売されていた糖尿病治療薬「マンジャロ」(6月2日、大阪市、時事通信フォト)

「マンジャロ」などの糖尿病治療薬を「やせ薬」として美容・ダイエット目的で使用する問題が深刻化しています。安全性・有効性が未検証であり、重篤な健康被害、真に必要な患者への供給不足、SNSなどでの違法転売が社会問題となっています。

 8月1日からの薬価引き下げに伴い、さらなる拡散と浸透が懸念されていますが、これらの騒動を、単なる「一部の人のモラル低下」として片付けることはできません。「痩せたい」「美しくなりたい」という個人的な願望の背景には、ルッキズム(外見至上主義)という「外見や容姿を基準にして人を評価したり、差別したりする考え方」があるからです。

肥満だと「怠惰」という印象を与える

 私たちの社会には、「身体に関する美的な基準」が深く根付いています。それが有能さや階層(ステータス)の証明になってしまっている側面があるからこそ、人々は手段を選ばずにその切符を手に入れようとします。マンジャロへの依存は、ルッキズムが生み出した「太っていると何かと不利益が生じる」という不安の裏返しでもあるのです。

 私たちの社会が「体」をどう評価するようになっているのか、さらに深く掘り下げてみましょう。

 米国の文化人類学者、医療人類学者であるアレクサンドラ・ブリューウィスらで構成する国際研究チームは、日本を含む世界10カ国以上のGLP-1受容体作動薬(マンジャロやオゼンピックなど)の使用者を対象とした調査研究を踏まえ、この現象の本質を鋭く考察しています(※1)。

 彼女らは、マンジャロなどの薬を単なる生物医学のイノベーションではなく、自己の身体、アイデンティティー、そして社会階層を再構築するツールであると定義しています。なぜなら、「太っている人」は、肥満や体形の崩れという見た目以上に、「自己管理能力がない」「怠惰である」という負のイメージがまとわり付くからです。

 現代は「スリムであること」は、好印象を与えるだけでなく、それを保つための投資・努力を惜しまないという意味において、自己管理能力があり、有能であるとの認識を強化します。先述の考察では、「社会的理想に近い体形を維持している人々は資本、すなわち社会的・経済的地位などを高める能力を保有している」と表現しています。

 つまり、ブリューウィスらは、美容目的でこれらの薬を求める人々の心理を、「個人の虚栄心」というよりも、痩せていなければ社会的価値を認められないというルッキズムに対する「合理的な適応行動」と捉えているのです。

「テクノロジーの実装」が招く新たな自己責任論

 GLP-1受容体作動薬は、ジムに何カ月も通うような苦労をせずにダイエットをしたい人にとっては、いわば「魔法の薬」です。脳の食欲中枢に働きかけて食欲を抑え、胃の動きを遅らせて満腹感を促す効果があり、結果的に体重を減少させることが実現できるからです。

 ただし、このような「魔法の薬」が一般化することによって、ルッキズムがより過酷になる可能性があります。かつてルッキズムは「持って生まれた容姿の良し悪し」という諦めを含んでいましたが、美容整形やマンジャロのようなテクノロジーは、「金さえあれば、誰でも『理想の体』に近付ける」という幻想を植え付けてしまいます。

 その結果、「変われないのは、あなたの投資と努力が足りないからだ」という、より残酷な自己責任論へと社会がシフトしていく可能性があります。皮肉なことに、技術革新が外見のコントロール可能性を高めた代償として、私たちは以前よりも自分の身体に寛容になれるどころか、より厳しい「監視の目」を互いに向け合うようになってしまうのです。

 欧米では、肥満度(BMI)が高い人が、社会や職場で受ける経済的・社会的な不利益のことを「肥満ペナルティー(Obesity Penalty)」と呼んでいます。特に女性において、賃金の低下、就職率の減少、結婚確率の低下といった形で顕著に現れます。実際、全米経済研究所(NBER)の最新論文によると、GLP-1などの肥満症治療薬による減量により、このペナルティーが大幅に軽減することが分かっています(※2)。

 そうすると、「簡単に外見を変えられるテクノロジーの実装」と「コモディティ化」は、かえって、「薬にアクセスして痩せられる時代なのに、改善する意欲もなく太ったままでいる人間」という新たなスティグマ(負の烙印)を生み出しかねません。人生で直面する様々な不利益がますます個人の責任とみなされる可能性が高まっていくのです。

「楽にダイエット=卑怯」とみなす空気

 昨今のマンジャロ騒動で、もう一つ興味深いのは、近年の日本における「美容整形」の受容のされ方との比較です。現在、美容整形はSNSの普及もあってかなりカジュアル化し、肯定的に語られることが増えてきました。

 ですが、なぜかマンジャロは、整形ほどポジティブに語られず、激しいバッシングを受けています。これは「苦労や痛みというコスト」をショートカットしていることに対する道徳的な嫌悪によるものです。

 先述の考察でも「一貫して『ズルをしている』『楽な道を選んだ』などとみなされ、薬物を使わない減量と比較すると道徳的価値が低いとされている」という社会的偏見に言及しているほどです。

 美容整形の場合、高額な費用とダウンタイム(腫れや内出血などの苦痛)を伴いますが、マンジャロは比較的安価(転売品など)で注射するだけで済みます。そのため、前者の苦痛に耐えることが投資や努力として承認されやすいのと対照的に、「楽をして果実を得る」という不当な手段に思え、タブー破りとして受け取られるのです。

 このような「科学的に生体システムをハック(書き換え)する」ことが容易になったことに加え、一部の自由診療クリニックが「処方箋医薬品」を「強力なダイエットサプリ」と同列のお手軽な商品として流通させるなど、倫理的なグレーゾーンの行為であることも手伝って批判が集まっていると考えられます。

 近年の研究によると、マンジャロ使用者が直面する心理的パラドックスが「二重のスティグマ」という概念で整理されています(※3)。まず、肥満や体形の崩れは、社会から「太っている」という第一のスティグマ(ルッキズムによる差別)を受けます。

 次に、それを解決するためにマンジャロというテクノロジーに頼ると、今度は「苦労をせずにズルをした奴」という第二のスティグマを課されるのです。先述の研究では、運動などの減量法と比べて、「(抗肥満薬の)使用者は使用していない人よりも道徳的ではないとみなされていることが分かった」と結論付けています。

 整形は「ダウンタイムの苦しみに耐えた」というストーリー(=一種の苦行)を共有できますが、マンジャロは「ただ食欲が消える」という内面的な変化です。周囲から見れば、「何も努力していないのに、勝手にスリムになっていく不気味な体」に映ります。

 この「プロセスの不可視性」が、ルッキズムの過当競争の中で「あいつだけ卑怯な武器を使っている」という周囲の嫉妬や反感を呼び起こすのです。日本においては、「汗水垂らして耐え忍ぶこと」を尊び、「労せずして利益を得る」ことを快く思わない倫理観が欧米などよりも強く、これが嫌悪感の増幅へとつながります。

 また、日本的なダイエット観は、受験に典型的な「自分自身との戦い」として捉えられており、臨床的な注射一本で生体本能をやり過ごすというスキップは想定外なのです。そのため、周囲からは羨望と表裏一体の複雑な感情が向けられやすくなります。

 しかし、実のところ、現代において体は、もはや「あらかじめ与えられた自然のもの」ではありません。個人の投資や努力によって「管理・構築していくプロジェクト」になってしまっているのです。検査と治療、予防の医療テクノロジーの進化は、体に介入できる機会を飛躍的に拡大させているからです。

 このような変化から逃れられない以上、わたしたちは、テクノロジーとの付き合い方とともに、それを活用することで生まれる新しい偏見や、古くからある価値観との整合について再考を促すことが求められているのです。

(※1)Beyond the prescription: Global observations on the social implications of GLP-1 receptor agonists for weight loss/PLOS Global Public Health/2025年12月26日

(※2)GLP-1-Induced Weight Loss and the Female Obesity Penalty/National Bureau of Economic Research/2026年6月

(※3)Anti-obesity medication use sparks effort-based sanctions and social penalties
Scientific Reports/2026年4月22日

(評論家、著述家 真鍋厚)

【画像】知らなかった…これが「血糖値」が上がりやすい“食べ物”です

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真鍋厚(まなべ・あつし)

評論家・著述家

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。著書に「テロリスト・ワールド」(現代書館)、「不寛容という不安」(彩流社)、「山本太郎とN国党 SNSが変える民主主義」(光文社新書)。

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