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AIに頼るほど「脳」が劣化する!? 精神科医が警告する“認知負債”と奴隷にならない方法

AIに依存するリスクや対処法について、コラムニストが精神科医の著書をもとに解説します。

AIに頼れば頼るほど、脳が劣化する?(画像はイメージ)
AIに頼れば頼るほど、脳が劣化する?(画像はイメージ)

 AI(人工知能)に仕事を任せるほど、自分の考える力が落ちていく。

 そう言われて、思い当たる節はないでしょうか。メールの下書きをAIに書かせる。資料の要約を任せる。企画の案出しも投げる。たしかに速い。たしかに楽です。しかし、その代償として何が起きているのでしょうか。

 精神科医の樺沢紫苑さんは、新刊『知性大全 AI時代に不可欠な力』(サンクチュアリ出版)でこの状態に「認知負債」という名前を与えています。楽をすればするほど認知機能は低下し、「考える力」「文章力」「創造性」は徐々に劣化していく、という見立てです。借金のように、静かに、しかし確実に積み上がっていく負債。そう考えると、日々の「効率化」がずいぶん違って見えてきます。

「知能」ではなく「知性」で勝負する

 本書の出発点はシンプルです。AIはすでに人間個人の「知能」を超えており、記憶力、計算力、情報処理速度といった土俵で1人の人間がAIに勝つのは難しいとしています。実際に、人間が10時間かける作業を、AIは一瞬で終わらせます。しかも疲れないし、感情にも左右されません。

 だから樺沢さんは、勝負すべきは「知能」ではなく「知性」だと説きます。知性とは、情報や知識を使い「考える→決断する→行動する」駆動力、運用力。つまり、知っていることではなく、動かせることを指しています。

「知能はスペック、知性はテクニック」と樺沢さんは表現します。最高スペックのレーシングカーを持っていても、ドライビング・テクニックが未熟なら、レースには勝てないし事故を起こすかもしれないと。AI時代の力関係を言い当てた比喩でしょう。

「最適解」はあなたの答えではない

 本書で最も実務的に有用なのが、「最適解」と「実践解」を切り分ける視点です。

 AIが差し出すのは、膨大なデータから算出された「もっとも正解に近そうな答え」、すなわち最適解です。しかしそれは機械が計算した最大公約数であり、平均値に過ぎません。読者の個性や事情は、事前に入力しない限り考慮されていません。つまり最適解とは、正解ではなく「正解の候補」だということです。

 必要なのは、自分にとっての正しい答えのはず。そしてそれは、試してみないと分かりません。だから最適解を行動に移し、「正しい」と確認する。そうして検証された答えが「実践解」であり、最適解を実践解に変えていく力こそ知性だ、と樺沢さんは言います。

 AI活用の議論はプロンプトの巧拙に偏りがちですが、本書は「出力を得た後、あなたは何をするのか」を問うています。長年アウトプットを主題に書き続けてきた著者らしい問いの立て方です。

「地頭思考」を持たない人に何が起きるか

 もう一つの鍵概念が「地頭思考」です。AIに考えさせる「AI思考」と区別するために、樺沢さんが置いた言葉です。

 AIの出した答えをそのまま実行して失敗しても、AIは責任を取りません。にもかかわらずAIの答えを吟味せず実行するのは、上司の命令通りに働き、周囲の目を気にして生きるのと同じだ、と樺沢さんは書きます。「親や上司の奴隷」から「AIの奴隷」に変わっただけだ、と。厳しい言い方ですが、反論するのは難しいです。

 実際、AIとの対話が自殺に影響したとして、米国では複数の遺族が提訴しています。2024年にフロリダ州で14歳の少年が亡くなった件では母親がキャラクター・ドットAI側を提訴し、2026年1月に和解に合意。2025年4月にカリフォルニア州で16歳の少年が亡くなった件では両親がオープンAI側を提訴し、同年9月には米上院で公聴会が開かれ遺族が証言に立ちました。

 ただし「対話の後に亡くなった」という時間的事実と、「AIの応答が死を招いた」という因果関係は別のものです。後者は係争中であり、確定した事実ではありません。ここは慎重に読む必要があります。

 それでも指摘には重みがあります。AIと人の心の関係が、法廷でも議会でも争われる時代になりました。この本が精神科医によって書かれた意味は、ここにあります。

脳に「空白」をつくる

 処方箋も意外です。「ボーッとする」こと。何もしていないとき、脳では「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる活動が高まり、記憶の整理や情報の統合が進むとされます。散歩中にひらめきが訪れるのはこれと関係があるのではないか。現在の科学が示唆しているのは、その程度までです。

 スマホを持たずに散歩する。電車では何も見ない。寝室にスマホを持ち込まない。地味な提案ばかりですが、情報を統合し新しい意味を生む力こそAIが最も苦手とする領域だという指摘を踏まえれば、この空白は消極的な休息ではなく、知性を育てる能動的な時間だということになります。

試されているのは、人間の側

 読み終えて残るのは、AIへの警戒でも礼賛でもなく、静かな居心地の悪さです。情報を持っている人を、私たちはつい「知性的」と呼んでしまいます。しかし、本書の基準では、行動できず結果につなげられない人は知性が高いとは言えません。この線引きは、書き手にも読み手にも等しく突きつけられます。

 私としては、本書の眼目は「AIを使うな」ではなく「AIを使うほど、自分で考える工程を残せ」という一点にあると読みました。AI関連書が「便利」「効率化」に傾く中で、逆方向から切り込んだ稀有な一冊です。デジタル技術やAIにコントロールされるのか、道具として使いこなすのか。試されているのは、いつも人間の側なのです。

(コラムニスト、著述家 尾藤克之)

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尾藤克之(びとう・かつゆき)

コラムニスト、著述家 尾藤克之

コラムニスト、著述家。
議員秘書、コンサル、IT系上場企業等の役員を経て、現在は障害者支援団体の「アスカ王国」を運営。複数のニュースサイトに投稿。代表作として『頭がいい人の読書術』(すばる舎)など21冊。アメーバブログ「コラム秘伝のタレ」も絶賛公開中。

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