接種しないのはあり得ない 「ワクチンハラスメント」という新たな差別と偏見
新型コロナワクチンを接種しない人に対する差別や偏見の可能性が懸念されています。個人のワクチン接種の決断を尊重しない「ワクチンハラスメント」が起きる背景について、解説します。

64歳以下の人が主な対象となる、新型コロナワクチンの職域接種が間もなく始まります。名乗りを上げた大手企業や大学では、接種に向けた準備が進んでいます。政府が目標として掲げた「1日100万回接種」の実現に加え、東京五輪の開催が間近に迫る中、ワクチン普及を加速させる狙いがあるようです。
同調圧力で、接種しないことが困難に
ここで注意しなければならないのは「ワクチン接種は個人の判断に委ねられる」という至極、当たり前の事実です。
日本弁護士連合会(日弁連)は今年2月、「ワクチン承認後、政府・自治体が、国民全体に対してワクチン接種を積極的に勧奨していくこととなるため、行政庁による権力的契機や『同調圧力』を背景にして、国民全体が事実上予防接種を強制される状況となり、個人の自己決定権の侵害の恐れが生じるとともに、ワクチン接種を拒否する少数者が偏見差別の対象となる恐れも懸念される」との見解を示しました(「COVID-19と人権に関する日弁連の取組-中間報告書-」)。
5月14、15日には「新型コロナウイルス・ワクチン予防接種に係る人権・差別問題ホットライン」を開設し、フリーダイヤルで相談を受け付けました。
日本では、特に職場を中心に同調圧力が渦巻いていることから、ワクチン接種をしないことで難しい空気がつくられる恐れがあります。「接種する/しない」は個人が自分の意思で決断すべきことだとは思いますが、「接種しないなんてあり得ない」という暗黙のルールが敷かれる可能性があるのです。
社会的には、接種しない人をひとくくりにして、「ワクチン忌避」「リテラシーが低い」などとちゃかす「ワクチンハラスメント」の問題が起きかねません。これは日弁連が指摘した「予防接種との関係で、新たに偏見差別が生じる」事態であり、「ワクチン接種を拒否する少数者に対する偏見、差別」といえます。
法的に見ても、予防接種法9条に記載されている「予防接種を受けるよう努めなければならない」は「努力義務」であり、「義務」ではありません。厚生労働省は新型コロナワクチンの接種について、「接種を受けることは強制ではありません」として、接種を受ける人の同意がある場合に限り、接種が行われることを広報し、職場や周りの人などへの接種の強制や、接種を受けていない人への差別的な扱いをしないよう国民に呼びかけています。
これも当たり前の話ではありますが、感染症予防の効果と副反応のリスクをてんびんに掛けて決断するのは本人だからです。仮に企業が社員の意思に反して強制的に接種させて、アナフィラキシーショック(全身にアレルギー症状が表れ、重篤な症状に陥ること)などの副反応が生じた場合、その責任は企業が負う可能性が高いことはいうまでもありません。
ワクチン接種をしない理由はさまざまです。アレルギー体質や持病といった、個人が抱えている事情が要因になっている場合もあれば、単純に諸外国の流行状況や重症化率などと比較した上で、接種の必要性をまったく感じないと考える場合もあるでしょう。また、意外に多いかもしれないのが「人口の6~7割の人が集団免疫を獲得するといわれているので、急いで接種しなくても他の誰かが接種してくれることで自分が感染しにくくなる」という理由です。
興味深い調査があります。独立行政法人経済産業研究所が5月に発表した調査によれば、「女性、高齢者以外、社会経済状況が低い人々、他人を信用しない人々、うつや不安の傾向がある人々はワクチン接種に否定的な傾向が見られた」とし、若年層で社会経済状況の低い人々のワクチン接種への動機付けを強化する必要性を指摘しました(「どういう人々が新型コロナウイルスのワクチンを接種したがらないか:インターネット調査における検証」)。
ここに少なからず表れているのは、まさに自己責任論に象徴される新自由主義的な規範によって植え付けられた不信感です。これは賃金の低下や非正規労働の拡大といった不安定な境遇への転落が本人のせいとされるのと同様、万が一、ワクチン接種による健康被害が発生した場合も泣き寝入りしなければならないのではないかという懸念がうかがえます。
そうでなくとも、副反応に伴う発熱や全身倦怠(けんたい)感などで一日でも休んでしまうと、減給やクビになる可能性がある立場の人は決して、ワクチン接種に前向きにはなれないでしょう。これは生存競争のはざまにいることを自覚させられるストレスフルな社会において、常に健康でいること、病者でないことが社会的承認の最低条件になっているといえます。ここ数十年でこの傾向はかなり進んでおり、インセンティブ(成果報酬)程度では解消されないでしょう。
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