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接種しないのはあり得ない 「ワクチンハラスメント」という新たな差別と偏見

接種強制も妨害もナンセンス

 他方、陰謀論をはじめとする「ディスインフォメーション(故意に流す虚偽の情報)」によるワクチン忌避が、他者のワクチン接種の機会を妨害する反ワクチン運動へと先鋭化しています。京都府伊根町や愛知県東郷町などで、10代の人へのワクチン接種に対して抗議が殺到したことはその象徴といえるかもしれません。これをきっかけにワクチンの接種自体が中止になったり、延期したりするなどして滞った場合は「接種を受ける権利」の侵害となりかねません。

 接種の強制も接種の妨害もまったくのナンセンスです。重要なのは「接種する/しない」を問わず、「個人の自己決定権の侵害」の有無、つまり、本人が望んでいる選択がしづらい状況が出現していないかどうかへの警戒と配慮なのです。

 ライフスタイルもリスクも複雑、かつ多様化しており、国や社会全体に対する信頼性も低下していく中で、個人が毎日のように直面している数々の自己決定は費用便益の計算が追い付かないほど過酷な試練にさらされています。それゆえ、私たちが他者に代わって物事を決定しようと意図することが容易に暴力へと変わります。

 人生のあらゆる局面において、どのようなささいな出来事であっても、予想される被害や負債をどこまでも大きく見積もることが可能で、回復不能なダメージを被ってしまう最悪の事態が起こらないとは限らず、誰もそれを、何事もなかったかのように元通りにはしてくれないからです。これが私たちを取り巻いている根本的な不安であり、寄る辺なき時代の精神と隣り合わせになっているのです。

(評論家、著述家 真鍋厚)

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真鍋厚(まなべ・あつし)

評論家・著述家

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。著書に「テロリスト・ワールド」(現代書館)、「不寛容という不安」(彩流社)、「山本太郎とN国党 SNSが変える民主主義」(光文社新書)。

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