オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

わいせつ懲戒免職教員の「免許」再取得、なぜすんなり禁止できない?

児童や生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教員が「教員免許」を再取得できることについて、法改正が検討されています。なぜ、すんなり禁止できないのでしょうか。

免許再取得を拒絶できない理由は?
免許再取得を拒絶できない理由は?

 児童や生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教員が「教員免許」を再取得できることについて、法改正が検討されています。現行法では最短3年で免許を再取得でき、再び教壇に立って、児童・生徒と接する可能性があるためですが、憲法との関係もあって、単純に禁止とはいえないようです。

 なぜ、再取得をすんなり禁止できないのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。

「職業選択の自由」に抵触

Q.児童や生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教員について、「教員免許の再取得を禁止する」とすんなり法改正できないのはなぜですか。

牧野さん「『職業選択の自由』が日本国憲法で保障されているからです(22条1項)。職業選択の自由は、自己の従事する職業(営業の自由を含む)を選択する自由、自分の選択した職業を遂行する自由を意味します。元々は身分、性別、生まれによって職業が自由に選べない時代があり、社会的弱者を保護するためにその保障が規定されました。

現行の教育職員免許法では、児童や生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教員についても最短3年で免許を再取得できます(5条1項5号)。今回の改正法案で、児童や生徒に対するわいせつ行為で懲戒免職処分を受けた教員について『教員免許の再取得を禁止する』ことになると『職業選択の自由に抵触しかねない』と指摘を受けたことで、政府は今国会への改正案の提出を見送りました。

ただ、自民、公明両党の『与党わいせつ教員根絶立法検討ワーキングチーム(WT)』では、医師法などと同様に、免許を交付する側に裁量的拒絶権を与える形に改正することで、憲法上の職業選択の自由の問題を解決しようとしています。つまり、法令で一律に就業を禁止するのではなく、個別の事情を踏まえて、各教委が免許交付を拒絶できるようにしようということです。

医師法4条では『罰金以上の刑に処せられた者』『医事に関し犯罪または不正の行為のあった者』などを挙げて、そのいずれかに該当する者には免許を与えないことがあるとしています。さらに、医師法7条は免許の取得、業務の停止、再免許について規定しており、『医師としての品位を損するような行為のあった者』についても、免許の取り消しや業務の停止があり得ると規定しています」

Q.医師のほかにも弁護士など、過去に問題を起こした人の就業が制限されている職業があると聞いたことがあります。これらは職業選択の自由に反しないのでしょうか。

牧野さん「確かに、弁護士や国家公務員なども『禁錮以上の刑に処せられた者』といった『欠格事由』を定めています。例えば、弁護士については『禁錮以上の刑に処せられた者』などは弁護士となる資格がありません(弁護士法7条)。

国家公務員一般職や地方公務員については『禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでまたは執行を受けることがなくなるまでの者』『懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から2年を経過しない者』などは国家公務員一般職、地方公務員に就くことができず、在職中に該当した場合は失職します(国家公務員法38条、地方公務員法16条)。

これらの規定については、弁護士や公務員といった職業の公益性から、職業選択の自由に反しないと理解されています。ただし、一定の期間が経過すれば欠格事由はなくなります。それによって、公益性と職業選択の自由の調和を図っているのです。

例えば、『禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでまたは執行を受けることがなくなるまでの者』については、執行猶予の場合は執行猶予期間が経過すれば、禁錮以上の実刑の場合には刑の執行終了後10年経過すれば、刑の言い渡しは効力を失うため(刑法34条の2)、欠格事由はなくなります。ただし、弁護士会が弁護士登録を認めたり、国や地方公共団体が採用したりするかは別問題です。

なお、教員について、今回は『懲戒免職から最短3年での免許再取得』の是非が論じられていますが、禁錮以上の刑を受けた場合は弁護士などと同様の就業制限があります」

Q.職業選択の自由について、「教員以外の職業につくことは可能だから、問題ないのではないか」と市民団体などが主張しています。

牧野さん「先述した、日本国憲法22条1項が保障する『職業選択の自由』には『選択できない職業を設けてはいけない』という趣旨も含まれていると解釈できます。そうすると『教員以外の職業につくことは自由だ』と主張したとしても、教職を選択できないことによって、憲法上の問題が出てくると思います」

Q.処分歴を長期間、閲覧できるような法改正や運用改正も検討されているようです。個人情報の保護などの面から問題になる可能性はないのでしょうか。

牧野さん「現行の個人情報保護法では対応できませんので、何らかの法改正が必要になります。処分歴を長期間閲覧』させるのは、個人情報保護法における『個人データの第三者提供』となり、原則として本人の同意が必要となります。例外として『児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、 本人の同意を得ることが困難であるとき(23条1項3号)』には可能ですが、同法ガイドラインの具体例として『処分歴を長期間閲覧』することは認められていません」

Q.今回の議論は主に、一度、懲戒免職を受けた教員を想定したものですが、教員採用前に子どもへのわいせつ行為での逮捕歴や前科がある場合、教員免許取得や採用を拒否することはできるのでしょうか。

牧野さん「普通免許状は『禁錮以上の刑に処せられた者』には授与しない(教育職員免許法5条1項3号)とありますが、『禁錮以上の刑に処せられた者』に該当しなければ、逮捕歴や前科があっても教員免許の取得は可能です。教員としての採用についても『禁錮以上の刑に処せられた者』に該当しなければ、逮捕歴や前科があっても欠格事由には該当しませんが(学校教育法9条)、子どもへのわいせつ行為での逮捕歴や前科が判明した場合に、採用されるかどうかは採用者側(教育委員会や学校法人)が個別に判断することになるでしょう」

(オトナンサー編集部)

牧野和夫(まきの・かずお)

弁護士(日・米ミシガン州)・弁理士

1981年早稲田大学法学部卒、1991年ジョージタウン大学ロースクール法学修士号、1992年米ミシガン州弁護士登録、2006年弁護士・弁理士登録。いすゞ自動車課長・審議役、アップルコンピュータ法務部長、Business Software Alliance(BSA)日本代表事務局長、内閣司法制度改革推進本部法曹養成検討会委員、国士舘大学法学部教授、尚美学園大学大学院客員教授、東京理科大学大学院客員教授を歴任し、現在に至る。専門は国際取引法、知的財産権、ライセンス契約、デジタルコンテンツ、インターネット法、企業法務、製造物責任、IT法務全般、個人情報保護法、法務・知財戦略、一般民事・刑事。

コメント