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自由の侵害では? 政府による携帯事業者への値下げ要求、法的に認められる?

政府が民間企業である携帯電話会社に、携帯料金の値下げを求めようとしています。政府が民間企業の経営に介入するような行為は、違法とはならないのでしょうか。

携帯料金値下げを政府が要求、問題はない?
携帯料金値下げを政府が要求、問題はない?

 先日、菅義偉首相が武田良太総務相に、携帯電話料金の引き下げ実現に向けた改革を進めるように指示しました。首相は官房長官時代から、「携帯電話の料金が高く、家計への負担が増している」と指摘し、携帯大手3社に料金の値下げを求めてきました。

 携帯電話の利用者としては、どのような方法であれ料金が安くなるのは大歓迎ですが、そもそも、政府が民間企業である携帯電話会社に携帯料金の値下げを要求できるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

賃上げや投資増の働き掛けも

Q.そもそも、政府が民間企業の商品やサービスの価格設定に口出しすることは、法的に許されているのでしょうか。

佐藤さん「政府が民間企業の価格設定に口出しをすることは、一般的には法的な問題にはならないことがほとんどです。政府には、効率的で公平な市場をつくり、国民の生活を守る役割があります。そのため、以前から、民間企業にさまざまな働き掛けをしてきました。

例えば、賃上げの働き掛けをしたこともありますし、業績が堅調なのに投資が伸び悩んでいた時期に、投資を増やすよう促したこともあります。商品やサービスの価格設定について要請することも、こうした働き掛けの一つと考えられます。

本来、経済は自由であることが原則ですから、こうした政府の介入が望ましくないという見方もあります。一方、民間企業の経営判断に全て委ねてしまうと、経済や国民生活にとってプラスにならないと判断し、政府が一定の介入をする必要がある場合もあるでしょう。

従って、こうした政府の介入を禁止する法律はありません。法的に問題となる介入があるとすれば、それは憲法で保障されている『営業の自由』を侵害するような介入に限られます」

Q.では、政府が携帯電話料金の値下げを携帯電話事業者に要求することは、問題ないということでしょうか。

佐藤さん「携帯電話料金の値下げについても、政府が効率的で公平な市場をつくり、国民の生活を守るという自らの役割を果たすために行っています。また、さまざまなサービスや商品の中でも、携帯電話は公共の電波を使っており、公益性の高いものであるという側面もあります。

さらに、政府は携帯電話事業者各社が『自主的に携帯電話料金を下げるよう努力を促している』にすぎません。従って、『営業の自由』の侵害とは考えられず、違法にはなりません」

Q.もし、携帯電話事業者が政府の要求により、やむを得ず携帯料金を値下げした場合、減収分を補う対応ができなければ、収益が悪化する可能性があります。収益が悪化すれば、政府が訴えられることはないのでしょうか。

佐藤さん「政府が“違法”に損害を与えた場合は、携帯電話事業者が『国家賠償請求』を行うことが考えられますが(国家賠償法1条1項)、先述した通り、携帯料金の値下げを促すことは違法ではありません。

一方、政府の“適法”な行為によって財産上の特別の犠牲が生じた場合、『損失補償』を求めることが考えられます(憲法29条3項)。しかし、裁判上、損失補償は『財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合に限られる』とされ、認められるハードルは高いと言えます。

従って、政府の要求により、やむを得ず携帯料金を値下げしたために一定の収益悪化が見られたとしても、携帯電話事業者が政府を訴えることは考えにくいでしょう。

なお、菅首相から、携帯電話料金の引き下げ実現に向けた改革を進めるよう指示された武田総務相は『携帯電話事業者も設備投資などいろいろやっていることは間違いなく、健全な経営をしてもらわないと意味がないので、しっかりとユーザー、事業者双方から意見を聞きながら、折衷点を見いだしたい』と述べており、携帯各社の収益が悪化することのないよう、政府としても十分配慮するものと考えられます」

Q.例えば、食料品など生活必需品の価格が民間企業の都合で、需給バランスに関係なく高騰しているとします。そうした場合、政府は民間企業に価格の値下げを要求することは可能なのでしょうか。

佐藤さん「食料品などの生活必需品の価格が需給バランスに関係なく高騰すると、国民生活は大きな打撃を受け、経済も混乱してしまいます。こうした異常事態に対応するため、『国民生活安定緊急措置法』という法律が存在します。この法律に基づき、政府は国民の日常生活に不可欠な物資を優先的に確保するとともに、その価格の安定を図ることができます(同法2条)。

具体的には、生活必需品などの価格が著しく上昇し、または上昇する恐れがある場合、特に価格の安定を図るべき物資を政令で指定し、標準価格を定め、企業が標準価格を超えて販売すれば、標準価格以下の価格で販売するよう指示することができます(同法3条、4条、7条)」

Q.政府が民間企業の経営に介入することは、どのような場合だと許されるのでしょうか。

佐藤さん「先述した通り、本来、経済は自由であることが原則ですから、民間企業の経営判断に影響を与えるような介入は望ましくないともいえますが、企業の『営業の自由』を侵害するほどの介入でない限り、法的には許されます。

裁判では、『社会経済の調和的発展を図るために必要かつ合理的な範囲で、経済活動に規制を加えることは憲法の禁じるところではない』と判断されており、社会経済発展のためになされた規制は『著しく不合理であることが明白でない限り、憲法違反とはならない』と考えられてきました。

この基準に従って考えるならば、かなり広範囲の介入も許されることになるでしょう」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

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