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最高で懲役10年なのに?「万引」で逮捕されない場合がある理由

万引は「窃盗」で犯罪であるため、通常であれば逮捕されますが、罪を犯しているのに逮捕されないケースもあるようです。なぜでしょうか。

万引で逮捕されない場合があるのは本当?
万引で逮捕されない場合があるのは本当?

 警察に密着したテレビ番組で、万引の現行犯でスーパーなどの事務室に連れてこられた人が、通報で駆け付けた警察官に引き渡される光景をよく見ます。万引は「窃盗」で犯罪であるため、通常であれば逮捕されますが、罪を犯しているのに逮捕されないケースもあるようです。万引は窃盗で犯罪なのに、なぜ、逮捕されないケースがあるのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

示談金は被害額と5万~30万円

Q.万引で逮捕されると、通常はどのような刑罰が科され得るのでしょうか。

佐藤さん「万引は、お店が所持している物を、お店の意思に反してこっそり盗む行為であるため、『窃盗罪』が成立します。窃盗を犯すと『10年以下の懲役または50万円以下の罰金』が科される可能性があります(刑法235条)。なお、逮捕されていない場合でも、在宅事件として取り調べられ、起訴されて刑罰が科されることもあり得ます」

Q.万引で警察に引き渡されても、逮捕されないケースがあるのは本当ですか。本当の場合、なぜ逮捕されないのでしょうか。

佐藤さん「本当です。ただ、万引に限らず、他の犯罪についても逮捕されないケースはあります。

逮捕とは、容疑者の身柄を拘束することです。容疑者自身が犯罪を行ったことが相当程度確かな状況で、容疑者が逃げたり、証拠を隠滅したりするのを防ぐため、逮捕することが認められています。逆に、容疑者の年齢や境遇、犯罪の軽重や態様などに照らし、逃亡や証拠隠滅の恐れがない場合、逮捕状の請求は却下されます(刑事訴訟法規則143条の3)。

万引の現行犯として、店員や警備員などに逮捕された場合、直ちに警察に引き渡されますが(刑事訴訟法214条)、この場合も、警察が留置の必要がないと判断すれば、直ちに釈放されます(刑事訴訟法203条、216条)。例えば、容疑者の身元がはっきりしており、警察に引き渡された後、店側に弁償して許しを得られたようなケースでは、その場で釈放されることもあり得るでしょう」

Q.クレプトマニア(窃盗症)など精神疾患がある人は、責任を問うことに配慮する必要があるかもしれませんが、責任能力のある人が、万引をしても逮捕されず、社会的制裁を受けないとすれば、万引防止の抑止力が弱くならないでしょうか。

佐藤さん「万引といっても、『出来心から、雑貨店で消しゴムを1つ盗むケース』から、『高価な家電などを一度にたくさん盗み、転売目的もうかがえるケース』まで、いろいろです。

万引を何度も繰り返していたり、被害金額が大きかったりといった悪質な犯行の場合、刑事責任の追及を免れるのは困難であり、『万引』という犯行態様だから、制裁を受けずに済むわけではありません。

逮捕されなかったり、警察がすぐ釈放したりするのは、本人の反省も見られ、被害金額も小さく、弁償もなされ、店側の許しも得られているような、比較的軽微な事案でしょう。一度、刑事責任の追及を免れた犯人も、再び同じことを繰り返せば、次は刑事責任を問われ、刑罰を科される可能性が高いです。従って、現行の取り締まりの在り方が、万引の抑止力を弱めているとは、必ずしも言えないように思います。

なお、クレプトマニアの診断が下ったとしても、それだけで刑事責任を免れる可能性はほぼないのが現実です。何度も万引を繰り返せば、厳しい刑事責任を負う可能性が高く、それとは別に治療を進めていくことになるでしょう」

Q.万引の被害を受けた店と「示談」が成立すると、通常は逮捕されないと思います。そうした場合、万引したことを後悔させるようなペナルティーを、加害者は科されているのでしょうか。

佐藤さん「『示談』を成立させるためには、通常、被害額を弁償するだけでなく、迷惑料なども加えて支払うことになり、民事上の損害賠償責任を果たすことにもなります。ケースによりますが、示談金の相場は、被害額に加えて、5万~30万円くらいでしょう。

『示談』成立のタイミングによっては、すでに警察に被害が届けられ、学校や会社に連絡がいってしまう可能性もあります。後に『示談』が成立して、刑事責任の追及を免れたとしても、このようなケースでは、学校や会社から処分を受けることが考えられます。なお、『示談』が成立したからといって、必ず不起訴になるわけではなく、同種の前科が多かったり、被害額が高額だったりすると、実刑判決が下ることもあり得ます。

このように、万引をすることによって、刑事責任だけでなく、民事上の責任を負ったり、社会的な立場を失ったりすることがあり、それらがペナルティーとして機能しているともいえるでしょう」

Q.万引など犯罪を減らしたいとき、「厳罰化すれば抑止力が高まり減るのでは?」と考えがちですが、こうした考えは正しくないのでしょうか。

佐藤さん「一般的に、厳罰化によって犯罪の抑止力が高まる可能性はあると思います。しかし、刑罰は、やってしまったことに見合った程度であることや、再犯防止に役立つことが必要です。万引に関していえば、クレプトマニアなどの場合、刑罰を重くしたからといって犯罪行為を止めることは困難であり、再犯防止のためには、治療がより重要になるでしょう。

犯罪を減らすためには、街灯を増やしたり、巡回を増やしたりするなど、犯罪が起こりにくい環境を作ることや、再犯を防ぐために適切な治療や教育を受けさせることなど、さまざまな方法があり得ます。厳罰化だけではなく、どうしたら安全な社会になるのか、総合的に考えていく必要があると思います」

(オトナンサー編集部)

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佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

コメント

1件のコメント

  1. 逮捕というのは、逃走の恐れがあるなど特に必要性がある場合だけに認められる例外的な手続きであるということを、きちんと説明していただきたかったです。