オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

森氏処遇検討で15万筆超 「署名」の法的効力は? なぜ盛んに行われる?

「署名活動」という意思表示で、自分たちの主張を実現させようという活動は以前から数多くあります。そもそも、この署名活動に法的効力はあるのでしょうか。

森喜朗氏の処遇検討などについての署名を提出したグループ(2021年2月、時事)
森喜朗氏の処遇検討などについての署名を提出したグループ(2021年2月、時事)

 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視とも受け取れる発言をしたにもかかわらず、会長職にとどまる意向を示したことから、処遇の検討や再発防止などを求めるオンライン署名が始まり、15万筆超が集まりました。結果的に森氏は会長職を辞任する意向を表明しましたが、今回に限らず、署名活動という意思表示で主張を実現させようという活動は以前から数多くあります。

「民意」という大義名分で行われる署名活動ですが、都道府県知事や市町村長、議員のリコール請求、条例制定の請求など地方自治体に関する場合はともかく、今回のような署名活動は法的な効力を持つのでしょうか。佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

憲法16条で「請願権」を保障

Q.都道府県知事や市町村長、議員の解職請求(リコール)など地方自治体における署名活動について、根拠となる法律や、それぞれどれだけの署名が集まれば実現につながるのか教えてください。

佐藤さん「地方公共団体(都道府県や市町村等)の運営などについて定めている地方自治法には、地域の住民が地域の実情に合った行政運営や議会運営を自分たちの手で実現できるよう、一定数以上の住民の署名が集まれば、首長(知事や市町村長など)やその他の機関に請求できる仕組みを定めています。

例えば、有権者総数の3分の1以上の署名(有権者数の多い地方公共団体の場合、必要な署名数は引き下げられる)が集まれば、地方公共団体の首長や地方議会の議員などをやめさせるべきだと請求することができます(地方自治法80条、81条)。必要な数の署名が集まると、選挙管理委員会が住民投票にかけ、過半数の賛成があれば解職されます。

条例の制定や改廃に関する請求は有権者総数の50分の1以上の署名が必要です。署名が集まれば、住民が新しく条例を制定したり、現行の条例を改正・廃止したりすることを請求できます(同法74条)。首長はこれを議会に提案し、審議の結果を公表しなければなりません。

その他、有権者総数の3分の1以上の署名(有権者数の多い地方公共団体の場合、首長や議員をやめさせる請求と同様、必要な署名数は引き下げられる)が集まれば、議会の解散を請求することもできます(同法76条)。選挙管理委員会は住民投票にかけ、過半数が賛成すれば議会は解散されます。

また、有権者総数の50分の1以上の署名が集まれば、地方公共団体の仕事や会計などの事務全般について、その監査と結果の公表を請求することができます(同法75条)。監査委員は監査結果を代表者に通知し、公表するとともに、議会や首長、関係機関に報告しなければならないとされています」

Q.地方自治法の直接請求制度に基づくもの以外で集めた署名は、法的に効力を持つのでしょうか。

佐藤さん「憲法16条では、国民の請願権を保障しています。請願権は国民が国や地方公共団体に対し、さまざまな要望を出せる権利であり、年齢や国籍を問わず、日本に住む誰もが持つ権利です。複数名で請願することも認められており、その場合、署名を集めて提出することになります。

数多くの署名を集めたからといって、請願内容の通りに対応しなければならないといった法的効力はありません。しかし、請願権の行使としてなされた請願や署名について、国や地方公共団体は受理して、誠実に処理しなければならないと請願法で定められています(同法5条)。

なお、衆議院や参議院への請願、地方公共団体の議会への請願は議員の紹介により提出しなければならず(国会法79条、地方自治法124条)、こうした要件を満たさないものは『請願』ではなく『陳情』として扱われます。請願権の行使としてなされる署名でない場合も、法律上の要請はないものの、国や地方公共団体、各議会によって誠実に取り扱う運用がなされています」

Q.例えば、公的な性格を持つ組織のトップの辞職を求める署名活動で数千万人の署名が集まったとしても、該当する人は辞職する必要はないということでしょうか。

佐藤さん「公的な性格を持つ組織のトップの辞職を求める署名活動で数多くの署名が集まったとしても、法的には辞職する必要はありません。先述したように、請願や署名を受け取った機関は、国民の意思の通りに対応しなければならないという法的義務を負うわけではありません。通常は組織ごとに物事を決める手続きが用意されており、この手続きにのっとって決めるべきであり、一部の国民の意思だけで決められるものではないと考えられているからです」

Q.法的な効力を持たないのに、なぜ、署名活動がこれほど盛んに行われるのでしょうか。

佐藤さん「署名の通りにしなければならないという法的な効力はないとしても、多くの署名を集めることで国民の声を届けることができると、多くの人が知っているからではないでしょうか。実際、署名を集め、声を届けたことにより、一人親家庭に対する児童扶養手当の増額に至った事例など成功例も存在します。署名活動は選挙以外の方法で、国民の意思を政治などに反映させる意味を持っています」

Q.繁華街を歩いていると、何らかの署名活動をしている人から署名を求められることがあります。活動の趣旨に賛同したとしても、簡単に署名をして大丈夫でしょうか。

佐藤さん「署名の場合、氏名だけでなく住所といった個人情報の記入を求められることが多く、悪用などの不安を感じる人もいると思います。すぐ署名に応じるのではなく、署名活動をしている団体やその活動内容について、よく説明してもらい、信用できるか、賛同できるかなどをしっかりと考え、署名に応じるか否か判断することが大切でしょう」

Q.最近はオンラインでの署名活動も行われています。署名するときに気を付けるべきことがあれば教えてください。

佐藤さん「オンラインでの署名の場合、紙の署名より気楽に応じやすいと感じることがあるでしょう。しかし、オンラインでの署名も、自分の意思を公に示すことに変わりなく、個人情報や賛同したことを示すデータが一定の範囲で共有されることになります。従って、オンラインの場合も紙の署名と同様、署名する前にどのような人たちがどのような署名を求めているのか、よく理解した上で慎重に署名に応じるか否か決める必要があると思います」

(オトナンサー編集部)

佐藤みのり(さとう・みのり)

弁護士

神奈川県出身。中学時代、友人の非行がきっかけで、少年事件に携わりたいとの思いから弁護士を志す。2012年3月、慶応義塾大学大学院法務研究科修了後、同年9月に司法試験に合格。2015年5月、佐藤みのり法律事務所開設。少年非行、いじめ、児童虐待に関する活動に参加し、いじめに関する第三者委員やいじめ防止授業の講師、日本弁護士連合会(日弁連)主催の小中高校生向け社会科見学講師を務めるなど、現代の子どもと触れ合いながら、子どもの問題に積極的に取り組む。弁護士活動の傍ら、ニュース番組の取材協力、執筆活動など幅広く活動。女子中高生の性の問題、学校現場で起こるさまざまな問題などにコメントしている。

コメント