オトナンサー|オトナの教養エンタメバラエティー

電車に乗れない、映画館に入れない…「広場恐怖症」とは? 精神科専門医に聞く

飛行機や電車に乗ること、映画館・劇場に入ることなどに恐怖を感じてしまう「広場恐怖症」という病気があるそうです。どのような病気で、どう対処すればいいのでしょうか。

「広場恐怖症」とは?
「広場恐怖症」とは?

 飛行機や電車に乗ること、映画館・劇場に入ることなどに恐怖を感じてしまう「広場恐怖症」という病気があるそうです。「広場」というと、広い空間を指すように思うのですが、広い場所でも狭い場所でも恐怖を感じることがあるとのことです。どのような病気で、どう対処すればいいのでしょうか。精神科専門医の田中伸一郎さんに聞きました。

「逃げられない場所」を恐れる

Q.「広場恐怖症」とは、どんな病気で、どのような症状が出るのでしょうか。突然理由もなく、動悸(どうき)やめまい、手足の震えといった発作が起きる「パニック障害」との違いも含めて教えてください。

田中さん「広場恐怖症(アゴラフォビア)とは、ギリシャ語のアゴラ(広場、公共の場)とフォボス(恐怖症)から作られた言葉で、例えば、飛行機や電車、映画館などの、容易に逃げられない場所、助けを求められない状況をひどく恐れ、不安になり、そうした場所や状況に出かけることを避けるものです。パニック障害を併発していることがほとんどですが、広場恐怖症だけを発症することもあります。

症状としては、強い恐怖、不安、パニック発作(=発作性の不安と、動悸、息苦しさ、胸痛、発汗などの身体症状)、外出困難などがみられますが、人によっては家族、友人などの安心できる人の付き添いがあれば、何とか目的の場所まで行き、何とかそこで過ごせる場合もあります」

Q.「広場」というと、広い空間をイメージします。飛行機や電車、映画館などは比較的狭い空間です。広場とどういう共通点があるのでしょうか。

田中さん「アメリカ精神医学会の診断基準によれば、次の5つの状況や場所が挙げられ、そのうちの2つ以上で症状が出現し、生活にひどい支障が出て、それが半年以上続いている場合に広場恐怖症と診断されます。

(1)電車、バス、飛行機、船などの公共交通機関
(2)駐車場、市場などの広い場所
(3)店、映画館などの囲まれた場所
(4)列に並んだり、人混みにいたりすること
(5)1人で外にいること

これらは、先ほど述べたように『助けを求められない状況、容易に逃げられない場所』であり、公衆の場という意味で共通点があるといえます。広場恐怖症を持つ人は、こうした状況や場所に恐怖を感じ、『何が起こるか分からないし、起こったら対処できないし、どうしよう、もう無理だ』という不安な思いが堂々巡りして、出かけられなくなるのです」

Q.「広場恐怖症」の原因を教えてください。発症者の人数や年齢、性別の特徴は。

田中さん「広場恐怖症の原因はよく分かっていません。パニック障害と同様に、脳内のノルアドレナリン系の機能異常などが研究されているところです。

また、小学生から高齢者までのあらゆる年齢の数%の人が発症し、女性が男性の数倍と多いことが知られていますが、医療機関にかかっていない人も多いとみられるため、実態はよく分かっていません」

Q.「広場恐怖症かもしれない」と本人が思った場合や、周囲が気付いた場合、どの診療科を受診すべきでしょうか。

田中さん「広場恐怖症の場合、たとえ本人や周囲がそうかもしれないと気付いていても、受診のための外出ができないのが、医療につながる上での一番のネックになります。ひとまずは、勇気を出して近くの精神科、心療内科を受診しなければ始まりません。

何とか受診できたら、うつ病、双極性障害、統合失調症などの精神疾患、貧血、不整脈、ぜんそく、心臓病などの身体疾患が隠れていないかについても相談してみてください。そうした病気が、広場恐怖症の症状と関係している可能性もあるからです」

Q.治療はどのように行うのですか。完治できるのでしょうか。

田中さん「治療としては、意外に思うかもしれませんが、日常生活の見直しから始めます。特に、パニック障害を併発している場合、コーヒー、たばこ、お酒の過剰摂取、不規則な食事と睡眠不足などが症状を悪化させていることがあると思います。

そうした生活習慣の乱れを修正しながら、安心できる人と一緒に、少しずつ近場までの外出からトライしていきます。いわゆる行動療法です。その際、緊張を緩和するような漢方薬、抗不安薬などの内服を試すのもよいでしょう。

広場恐怖症の場合、完治という言葉はふさわしくありません。症状がかなり改善してきても、外出、遠出、旅行などに対する苦手意識が残ることが少なくないからです。行動範囲がある程度制約されるかもしれませんが、その範囲内では症状が出なくなることを目指して、無理せずに治していくのがよいと思います」

Q.「広場恐怖症」を予防することはできるのでしょうか。

田中さん「広場恐怖症をピンポイントで予防することは難しいのですが、ただ一つ言えることは、心身の両面で過剰なストレスにさらされないようにし、『よく食べて、よく寝て、適度な運動をする』という健康な日常生活をキープすることが大事ということです。当たり前のことかもしれませんが、健康な生活は、あらゆる病気の予防につながります。

コロナ禍が落ち着いてきた今、コーヒー、たばこ、お酒を摂取しすぎていないか、生活リズムが乱れていないか、運動不足になっていないか、生活習慣を見直してみるとよいでしょう」

(オトナンサー編集部)

田中伸一郎(たなか・しんいちろう)

医師(精神科専門医、産業医)・公認心理師

1974年生まれ。久留米大学附設高等学校、東京大学医学部卒業。杏林大学医学部、獨協医科大学埼玉医療センターなどを経て、現在は東京芸術大学保健管理センター准教授。芸術の最先端で学ぶ大学生の診療を行いながら、「心の問題を知って助け合うことのできる社会づくり」を目指し、メディアを通じて正しい知識の普及に努めている。都内のクリニックで発達障害、精神障害などで悩む小中高生の診療も行っている。エクステンション公式YouTubeチャンネル内「100の質問」(https://youtu.be/5vN5D9k9NQk)。

コメント