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できない子の楽器に穴を…「発表会」「運動会」で行き過ぎる大人たち、解決策は?

「運動会」や「音楽発表会」は子どもたちの日頃の努力と成果を保護者に見せる行事です。力が入るのは当然としても、それが行き過ぎると悲しいことも起こります。

運動会や発表会は大切な行事だが…
運動会や発表会は大切な行事だが…

「思いやりの心、優しい心を育てる」という耳に心地よい教育理念を掲げながら、やっていることは別物――。そんな“絵に描いた餅”になっている幼稚園のお話です。

 運動会や音楽発表会は子どもたちの日頃の努力と成果を保護者に見せる行事です。同時に、クラス担任にとっても一年の成果の見せどころで、「あのクラスの演奏はよかったわよね」などと園長や保護者からの評価を受ける場でもあります。

 そんな中、勝手な行動を取る子や足を引っ張る子どもは、担任にとってもクラスメートにとっても困った存在になってしまいます。

音が出ない楽器

 次の話はどちらも私の知人が経験した話です。

 鍵盤ハーモニカで、自分のパートではないところを好き勝手に吹いてしまう子どもがいました。しかし、発表会でその子だけに楽器を与えない、舞台に上げないということは、本人や保護者の気持ちを考えるとできることではありませんでした。

 そこで、よい成果を見せたいと考えた担任は悩んだ末、鍵盤ハーモニカのホースに小さな空気穴を開けました。こうすれば、穴から空気が漏れてしまい、音が出にくくなるからです。「本人も吹いているつもりになっているので、気持ちを傷つけることもないだろう」と考えました。

 一方、発達障害があり、競争心を持たない子どもがいました。多動で逃げ足は速いのですが競う意識がなく、徒競走でもトボトボと歩く状態でした。運動会のクラス対抗リレーは代表選手を選ぶのでなく、全員を参加させる形だったので、その子がいるクラスは当然、優勝できないことが予想されました。

 同じクラスの子が家に帰ってから、「○○君は走らないで歩くから、○○君のせいでうちのクラスがいつも負ける!」と親に訴えました。親御さんはわが子の「勝ちたい」という気持ちを考えて、発達障害のある子の親に「あなたの子がいるとクラス対抗リレーで負けてしまうから、運動会当日は休んでくれない?」と言いました。親子は仕方なく、運動会を欠席しました。

 これら2つの話に怒りを感じる人も多いでしょう。一方で、自分がもし、その学級担任や保護者の立場だったら…と想像して、「そうなってしまうのも分からないでもないな」と感じる人もまたいるでしょう。

 私の息子は自閉症児で、特別支援学級に在籍していました。運動会の競技種目にはリレーなど、通常学級の子どもたちと交ざって行う競技もありました。競う気持ちがあまりない息子はリレーの場面でも、どんなにお尻をたたいても背中を押しても、全力疾走はせずにノロノロと小走りするという感じでした。

 さて、いよいよ息子の出番が近づいてきました。私は写真を撮ろうと入場門に近寄りました。すると、通常学級の子どもが「ちぇっ、あいつが入ってきたぜ。俺たち、負けるな」とささやく声が聞こえました。年に1度、「ここ一番を決めるぞ!」という気持ちで迎える運動会で「優勝したい」と思うのは当然だなあと私は思いました。

 私が「○○(息子の名前)が足を引っ張ってしまうことになり、ごめんね…」と謝ると、その子たちはばつが悪そうな顔をしました。それが余計に嫌でした。さらに、これが原因でいじめに遭ってしまうかもしれないと不安に駆られました。

 皆が同じことをするのではなく、息子には例えば、ゴールの場所で旗を持つ係や、先生と一緒にテープを持つ係などをやらせる形で参加させてほしかったです。

プレッシャーを除くためには?

 個々の順位がはっきりとつく競技を極力減らし、玉入れや綱引き、ダンスなどチーム全体で優劣がつけられる種目を多くする幼稚園や小学校はあるようです。ゴール手前で「はい、では、みんなで一斉にテープを切りましょう」とする「手つなぎゴール」という言葉もかつてありましたが、反対にこれを「あしき平等主義」と批判する声もあります。

 小学校に上がれば、個々に成績がつけられるようになります。そして、社会に出たら、そこは「競争社会」です。一切合切、競争を排除すると「負ける悔しさに耐えられない」という弱い精神の子どもに育ってしまうかもしれません。

 先述の鍵盤ハーモニカの一件については解決が難しいですが、足の速さを競うことについては個人種目の徒競走があるのですから、クラス対抗リレーは全員参加ではなく、足の速い代表者を選出するなど工夫をすればよいと感じます。

 鍵盤ハーモニカのホースに穴を開けた担任は「保護者からの評判を落としてはならない」「本番では必ず、いい演奏を見せなくてならない」というプレッシャーに追い込まれていたのでしょう。足の遅い子の親に「運動会は休んでくれない?」と言った親もわが子かわいさに「自分のクラスには絶対、リレーに勝ってほしい」と純粋に願ったのでしょう。

 どちらも、自分のクラスや子どもを勝たせたい、成功体験をさせたいとの思いから出た言動だと思うので、個人を攻撃してはならないと思います。

 一番の問題は、これは幼稚園にもよりますが「運動会や発表会はいいものを見せなくてならない」という前提で行われていることではないでしょうか。こうした背景から、担任が追い込まれてしまったわけです。その考えを根っこから覆し、「たとえ完璧ではなくとも、子どもたちが一生懸命頑張る姿を見せられればいい」と考えるようにしないと問題解決にはならないと私は思います。皆さんはどうお感じになりますか。

(子育て本著者・講演家 立石美津子)

立石美津子(たていし・みつこ)

子育て本著者・講演家

20年間学習塾を経営。現在は著者・講演家として活動。著書は「1人でできる子が育つ テキトー母さんのすすめ」「はずれ先生にあたったとき読む本」「子どもも親も幸せになる 発達障害の子の育て方」など多数。ノンフィクション「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(小児外科医・松永正訓著)のモデルにもなっている。オフィシャルブログ(http://www.tateishi-mitsuko.com/blog/)。

コメント

1件のコメント

  1. 楽器に穴を空けてもしょうがないでしょう、、みたいに語られちゃう世の中ってなんなんだろう。