「残さず食べよう」の指導は“虐待”か? 偏食+食物アレルギーの《自閉症児》を育てた識者の実体験
発達障害児に多いとされている「偏食」。一方で、「残さず食べよう」と指導する園も少なからず存在します。「この指導は苦痛なのではないか」と指摘する筆者の実体験とは……。

発達障害の子どもは、舌の感覚過敏があるので偏食の子が多いといわれています。逆に「感覚鈍麻」で、付け合わせのレモンの皮などを全部食べてしまう子もいます。また、「出されたものは全て食べなくてはならない」というルールにこだわり、レモンの皮、ミカンの外側の皮だけでなく、皿に残った汁をなめて皿を真っ白にしたい子もいます。
連絡帳には「残さず食べました」。しかし実際は…
偏食になる要素は大きく2つあります。1つ目は「同じパターンにこだわる」こと。
例えば、「同じ服しか着られない」「同じ道順しか歩けない」こだわりやパターン化と同様に、「見慣れているものしか食べたくない」という気持ちから、決まったものばかり食べるようになるケースがあります。中には「白いご飯しか食べられない」「ゴボウとチキンナゲットしか食べられない」「365日、◯◯製のポークカレーしか食べない」子もいます。食べ慣れていないものには恐怖や不安を感じるようです。
そして2つ目は、聴覚過敏や視覚過敏と同じように「舌の感覚過敏」があることです。普通の人以上に舌が敏感で、例えばコロッケや揚げ物などが「針で舌を刺されるように感じる」ため、食べられない子もいます。この“ダブルパンチ”で、偏食が起こりやすいようです。
そんな中で、「お皿をピカピカにしよう!」と、とにかく出されたものを全部食べさせようとする方針の保育園などもしばしば見受けられます。私は、「これは虐待である」とまでは言えませんが、子どもにとってものすごく苦痛だと思うのです。
あるとき、給食で「お皿をピカピカに」と言われて、嫌いなトウモロコシを無理やり食べさせられた子がいました。その子は、まるでリスのように両頬を膨らませて、トウモロコシを口の中のあちこちに押し込んだまま、放課後等デイサービスに行ったそうです。そこで支援員さんから、「口の中からトウモロコシがいっぱい出てきた」と保護者に報告がありました。学校からの連絡帳には「残さず食べました」と書いてあったといいます。
さて、「ひと口だけ食べたら、もう食べなくていいからね」と言って少しだけ食べさせることもありますが、これ、例えば「芋虫を食べろ」と言われたらどうでしょう。「ひとかけらだけでいいから」と言われて、プチっと切られた芋虫を食べたいと思うでしょうか?
たとえひとかけらでも、嫌なものは嫌ですよね。「ひとかけらだけ食べたら許してくれる」と思っても、「あ、おいしい! 全部食べよう!」とはならないと思います。だから、保育園や小学校でよく行われる「残さず食べよう」「一口だけでも食べよう」という指導はどうなのかな、と思います。
私の息子は知的障害を伴う自閉症です。食物アレルギーもあり、食べられるものが限られていました。カボチャや納豆ばかりです。
私は「カボチャも納豆も栄養があるからいいじゃない」と思っていたのですが、栄養士さんから「納豆はタンパク質としていいけれど植物性なので、動物性タンパクも取ってください」と言われました。それで鶏の唐揚げなどを食べさせようとしましたが、息子は食べませんでした。
ところが、息子が通っていた保育園の先生が厳しかったのです。「残さず食べよう!」「お皿をピカピカに!」と言われ、「保育園では出されたものを食べなきゃいけない」と思い込んだようで、給食はちゃんと食べていました。
小学校に上がったとき、担任の先生に「立石くんは嫌いなものがないんですね、全部残さず食べます」と言われて、私はびっくり。家ではカボチャと納豆しか食べないのに。
どうやら、「給食は食べなきゃいけない」「家や外食では好きなものだけ食べていい」というように、パターン化・こだわり化したようです。
苦手なものも食べさせていたおかげで好き嫌いなく育つ子もいますが、嫌いなものを「芋虫を少しだけ食べる」感覚で無理に食べさせられたことがトラウマになってしまい、大人になっても食べられない子もいます。








ビジネスの場でもお残ししまくりのビジュアル的にも汚いもの相手に見せつけてくる大人になるよりは
「残さず食べよう」を少しでも実践できる方がいいなあと思いましたまる
発達障害あっても指導されて食れる子がいっぱいいるわけで
ソースとかクリームついたべちゃべちゃの食べたくないものだけ残して皿の上にデロデロに置いておくのハラスメントだろって思ってる