「お母さんなんていなくなればいい」 25歳自閉症の息子の“暴言”に動じない理由 「言葉の自傷」と向き合う母の“境地”
自閉症の子どもが、自分で自分を傷つける行為である「自傷」を行ったときの対処法について、筆者が紹介します。

私には、25歳になる知的障害を伴う自閉症の息子がいます。2歳3カ月のときに、正式に診断を受けました。
頭を地面に打ちつける、顔を強くたたく、腕に歯を立てる――。
自閉症の子は、こうした自分で自分を傷つける行為である「自傷」を行う傾向にあり、心を痛めている自閉症児の保護者は少なくないと思います。
私自身、息子が小さい頃、この自傷は「混乱しきった気持ちを何とか落ち着かせようとする行為なのではないか」と感じていました。だからこそ、親や保育園の先生が慌てて止めに入るほど、かえって状況が悪化してしまうことが多かったです。
落ち着くための手段を奪われた息子は、行き場のない苦しさをさらに強い自傷として表すようになりました。
声をかけること、なだめることさえ刺激になり得ると分かってからは、嵐が過ぎるのを待つしかありませんでした。
体を傷つける行為から「言葉」へ
息子は5歳まで言葉を話しませんでした。思い通りにならないとき、こだわりが崩れたとき、表現できない感情は体への自傷として現れていました。
現在の息子は、腕をかんだり物に当たったりすることは時折ありますが、中心は言葉による表現へと変化しています。
それは一見すると過激で、聞く側の心をえぐるような言葉です。例えば、息子が口にする「心にもない言葉」は次の通りです。
・家にいながら「帰る!帰る!」と叫ぶ
・「入院する」「注射する」と繰り返す
・「家出してやる」と言い放つ
・「もう死んでやる」「自殺する」と口にする
どれも、実際に望んでいることではありません。中には、言葉による「他害」に見えるものもあります。例えば、「お母さんなんていなくなればいい」という言葉。しかし、私には、それが彼自身の心を切り刻んでいる言葉の自傷のように思えます。
そこで、こうした言葉が出たとき、字面どおりに受け取る必要はありません。本心とは正反対の感情が、強い言葉となって飛び出しているからです。
過激な言葉が出ても否定せず
言葉による自傷が出たとき、私は内容を正そうとはしません。代わりに、その言葉をなぞるように返しながら、気持ちにだけ焦点を当てます。
・「帰る!」
→「帰りたい気分になったんだね」
・「入院する」
→「入院したくなるくらい大変なんだね」
・「死んでやる」
→「そこまで苦しくなっちゃったんだね」
正解かどうかは分かりません。ただ、言葉を止めず、感情だけを受け取ることを意識しています。
「励まし」が刃になることもある
うつ状態の人が「死にたい」「消えたい」と訴えているとき「元気出して」「みんな頑張ってる」と声をかけると、かえって追い詰めてしまうという話を聞いたことがあります。
この場合、まずは「死にたいくらいつらいんですね」「消えたいとおもってしまうのですね」と受け止め、そばにいることが大切だといいます。息子への対応も、私はそれに近いものだと感じています。
体の自傷も、言葉の自傷も、基本は終わるのを待つしかありません。親ができるのは、事態を早く収めようと動かないことだと、今は思っています。
どうしても長引くときは、何も言わずにぬるめのお風呂を用意し、入浴を促します。温かさで気持ちが切り替わり、自傷の時間が短くなることが、わが家ではよくあります。
自閉症のお子さんがいて、自傷行為に心を痛めている人にとって、すこしでも参考になれば幸いです。
(子育て本著者・講演家 立石美津子)






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