自閉症の人にも「優しい無視」を…見た目では分かりづらい障害を抱える子と親の現実
知的障害のある自閉症児を育ててきた筆者は、なぜ「優しい無視」が広がる世界を願うのか。見た目では分かりづらい障害のある子どもと、その親が直面している現実のお話です。

自閉症の子は「優しい無視」をされずに怒鳴られる。でも、ダウン症の子は違う――。そう思ったことがあります。
私は障害のある成人の移動支援の仕事をしているのですが、先日、35歳のダウン症の人と一緒に外出したときのことです。電車内で、さりげなく席を譲ろうとしてくれた優しい若者がいました。すぐに降りる予定だったこと、またそのダウン症の人には体力があったので、私は「ありがとうございます。すぐに降りるので大丈夫です」と言いました。
その後、別の電車に乗り換えると席が空いていました。ダウン症の人はうなり声を上げたり、体を動かしたり、舌をペロッと出したりしていましたが、ジロジロ見る人はいませんでした。
「東京という都会だからなのかな? 無関心なのかな?」「見慣れている風景だからかな?」
周囲の人はジロジロ見ることもなく、冷たい目で見てくる人もいませんでした。温かい空気が、電車内に流れていたように感じました。
まさに「優しい無視」でした。ただ見て見ぬふりをするのではなく、「気にしていないよ」という態度。それをとてもありがたいと感じました。
見知らぬ人に怒鳴られた経験
私の息子は、知的障害を伴う自閉症ですが、その風貌はいたって普通です。現在24歳になりますが、小学生の頃は普通に見えるがゆえに、パニックを起こすと「静かにしろ!」とか「親なんだからしつけをしろ!」と見知らぬ人に怒鳴られることがたびたびあり、つらかったです。
「この子は障害があって、じっとしていられないんです」と言ったこともありますが、「障害を言い訳にすんな!」と、さらに相手の怒りを買ってしまいました。
見た目では分からない障害があると、それだけで周囲の理解を得にくくなる……そんな現実があります。
「トゥレット症」をご存知ですか。チック症状が悪化して、1年以上続くのが特徴の疾患です。肩をすくめたり、目をパチパチさせたりすることがよくあります。こうした動きは比較的知られていますが、症状の一つである「汚言症(おげんしょう)」は、まだまだ認知されていません。
汚言症は「死ね」「うるさい」といった汚い言葉のほか、卑わいで下品な言葉が自分の意思とは無関係に出てしまう症状です。以前、汚言症の人が「怒鳴ったり気味悪がったりせず、ただ優しく無視してほしい」と話していたのを思い出しました。「優しい無視」は、やはり必要だと思います。








無料乗車券を忘れたの自分の落ち度なのに、乗務員に文句を言うのはひどい言いがかり。そもそも乗車券を見せないといけないのは、悪意をもったものが障碍者を装って無賃乗車するのを防ぐという意味もある。