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風邪薬 「もっと効く薬をください」と言う親の誤解【ぼくの小児クリニックにようこそ】

千葉市で小児クリニックを構える医師の著者が、子どもたちの病気を診てきた経験をつづります。

「もっと効く薬を」と求める親がいるが…
「もっと効く薬を」と求める親がいるが…

 私のクリニックを受診するお子さんの病気で最も多いのは、当然ながら風邪です。風邪というのは一般的な表現で、正確には「急性上気道炎」といいます。つまり、風邪ウイルスが喉・鼻に感染して、鼻水や喉の痛み、痰(たん)、咳(せき)が出る病気です。

 今日も、お母さんが3歳の男の子を連れて受診しました。

「薬をたくさん飲んで治す」と考えるのはやめて

「今日はどうしました?」

「うちの子、風邪を引いてしまって、先週他のクリニックに行って薬を出してもらったんです。ところが、それが全然効かないんです。先生、もっと効く薬を出してください」

 よくある申し出です。お薬手帳を見せてもらうと、薬の名前がずらりと並んでいます。ペリアクチン、ムコダイン、ムコサール、アスベリン、トランサミン、オノン、ホクナリンテープ。

「お母さん、確認しますけど、お子さんの症状はどんな感じですか?」

「鼻水が多くて、喉に回り込んで苦しそうなんです。咳も時々します」

「咳で苦しそう? 夜も眠れない?」

「そこまでではありません。たまにする程度です」

 私は聴診をして、喉を観察しました。胸の音は正常で、喉も特に炎症はありません。

「お子さんは、普通の風邪です。風邪って基本的に自然治癒するんです。極論をいえば、薬は不要だし、ほとんど効きません」

「え、そんな…」

 そこで、私は薬の説明を始めました。ペリアクチンは鼻水に対して使われます。確かに、風邪に対して保険適用がありますが、実はこの薬は「第一世代抗ヒスタミン剤」、つまりアレルギー止めなのです。風邪はアレルギーではないので、矛盾した処方といえます。

 そして、ペリアクチンは説明書に「過量投与により(中略)死に至ることがある」と書かれています。さらに、本剤は熱性けいれんとの関連が疑われており、眠くなるという副作用もあります。つまり、薬が脳の中に入り込んでしまうわけですから、危険度の高い薬といえます。

 咳に対しては、オノンが処方されているようです。しかし、これは咳止めではありません。ぜんそくのアレルギー止めです。貼り薬のホクナリンテープ、これも咳止めではありません。気管支拡張剤です。こうした薬は、風邪の咳には何の効果もありません。トランサミンも、喉の充血に使われる薬ですから不要でしょう。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「ムコダインくらいは飲んでもいいかもしれません。ムコダインは上気道の粘膜の炎症を鎮めて正常化します。風邪が自然に治るのを手伝ってくれるでしょう」

「それで治るんですか?」

「自然治癒といっても、治りやすい条件があります」

 可能なことは「暖衣」「飽食」「睡眠」「衛生」です。つまり(冬ならば)暖かくして、よく食べ、よく寝て、風呂で体をきれいにすることです。当たり前と思われるでしょうが、こういう当たり前のことが案外できていないのです。

「確か、お子さんは保育園に通っていますね? 風邪の間も休んでいませんね?」

 集団保育に預け続ける限り、風邪は簡単には治りません。働くお母さんがお子さんの風邪のケアに専念するのは大変ですので、もし可能ならば、祖父母の力も借りて少しの間、お子さんを集団から離し、自宅で保育するのも大事です。休養こそが最大の治療です。

 風邪薬で風邪が治るのではなく、お子さんの持っている免疫力がウイルスを排除して風邪を治すのです。そして、風邪との闘いを有利にするために、家族のケアの力が重要になるのです。薬をたくさん飲んで風邪を治そうと考えるのは、やめた方がいいでしょう。

 医者の仕事は風邪を治すことではありません。目の前の患者さんが「様子を見てよい風邪」なのか、それとも「風邪ではない重い病気」なのかを見極めることなのです。

(小児外科医・作家 松永正訓)

松永正訓(まつなが・ただし)

小児外科医、作家

1961年東京都生まれ。1987年千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より「松永クリニック小児科・小児外科」院長。「運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語」で2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社)などがある。

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