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ウイルス性胃腸炎、診断は気が抜けず 嘔吐の裏に重病も【ぼくの小児クリニックにようこそ】

千葉市で小児クリニックを構えている医師である著者が、子どもたちの病気を診てきた経験をつづります。

嘔吐や下痢の原因は?
嘔吐や下痢の原因は?

「先生、昨日から何度も吐いているんです」

 困った表情で、お母さんが2歳の子を連れてクリニックを受診しました。

ロタ、ノロ、アデノ…さまざまなウイルス

「最後に吐いたのはいつ?」

「今朝の7時です」

「もうお昼ですから、嘔吐(おうと)は治まりつつあるかな? 下痢はどうですか?」

「ええ、吐かなくなったと思ったら、今度は水下痢です」

 冬になるとクリニックには連日、嘔吐・下痢の患者が押し寄せます。原因のほとんどはウイルスです。集団生活をしている子どもたちの間で、手を介して次々と広がったり、大人が家庭にウイルスを持ち込んでお子さんが発症したりします。病名は「嘔吐下痢症」「ウイルス性胃腸炎」「感染性胃腸炎」などさまざまですが、全て同じものです。

 原因となるウイルスは多数あります。「ロタウイルス」「ノロウイルス」「アデノウイルス」「サポウイルス」「アストロウイルス」などがありますが、他にも、いくつもの名もなきウイルスが人の嘔吐下痢症を引き起こしていると考えられています。

 こうしたウイルスには、さらに細かいタイプがあります。例えば、ノロウイルスには少なくとも33個の遺伝子型があります。従って、免疫を獲得することは極めて難しく、お子さんは冬がくるたびに嘔吐下痢症にかかることになります。

 また、ロタウイルスは5歳までに一度は感染するといわれています。その感染によってある程度の免疫ができるので、2回目以降は感染しても軽い症状で済みます。ロタウイルス対策で「ロタリックス」という経口ワクチンを2回飲む理由は、2回感染した状態を人為的につくっているわけです。

ウイルス有無の検査は意味なし

 これらのうち、ロタ、ノロ、アデノは、下痢便を検査するとウイルスの有無を調べることができます。しかし、その検査にはほとんど意味がありません。犯人がどのウイルスだとしても、殺す薬がないからです。嘔吐下痢症の流行期になると必ず「ノロウイルスかどうか調べてください」と来院する保護者がいます。私は検査をしても意味がないことを説明し、検査は行っていません。

 厚生労働省のホームページにも、ノロウイルスの簡易検査は「医療機関で、医師が医学的に必要と認めた場合に行われ、診断の補助に用いられます」と記されています。保険適用が認められているのは、子どもに関しては3歳未満のみです。それ以上に問題なのは、この検査では、ノロウイルスに感染した患者のうち20%がウイルスを検出することができません。つまり、「ノロウイルスではない」ということを証明できる検査ではないということです。

 正確な診断は、便の中から遺伝子RNAを抽出し、「遺伝子増幅」という方法でウイルスの存在を証明しなければなりませんが、この方法は保険が適用されません。実際には、大規模な集団発生があったときのみ、保健所が介入して行われています。

「ロタウイルス感染症」では、便が白くなることがあると医学書には書かれていますが、実際はどんなウイルスでも便の色が白っぽくなることがあります。胃腸炎によって、食べ物が十二指腸を通過したときに、胆のうが収縮して胆汁(たんじゅう)を放出するという協調運動がうまくいかなくなるためです。

 嘔吐は胃腸炎以外でも、髄膜炎(ずいまくえん)や脳症、外科的な病気でも見られます。ウイルス性胃腸炎と診断するには、保護者からの問診と子どもに対する触診が重要になります。ありふれた病気ですが、嘔吐の子どもの中には重篤な病気のケースもあるので、診察はなかなか気が抜けません。

(小児外科医・作家 松永正訓)

松永正訓(まつなが・ただし)

小児外科医、作家

1961年東京都生まれ。1987年千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より「松永クリニック小児科・小児外科」院長。「運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語」で2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(中央公論新社)などがある。

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