「納税できる障害者になりました」はマウント? 「自閉症」26歳息子の母、配慮と遠慮履き違える「批判」に違和感
「税金を払う障害者になりました」「税金を払えるようになることを目標に頑張っています」という言葉に対して「マウントを取っている」という批判があります。自閉症児を育ててきた筆者が、こうした批判に対する違和感について語ります。

私には知的障害がある自閉症の26歳息子がいます。
「税金を払う障害者になりました」「税金を払えるようになることを目標に頑張っています」という言葉を耳にすることがあります。
一方で、その言葉に対して「マウントを取っている」「納税できない障害者を見下している」という批判もあるようです。私は、なぜそこまで批判されるのかよく分かりません。この言葉は、そんなに問題のある表現なのでしょうか。
障害のある子の親にとって「納税」は自立への大きな節目
「税金を払う障害者になりました」という言葉は、一般的には企業などで働き、自分で収入を得て、所得税や住民税などを納める立場になったという意味で使われています。
障害のある子どもを育てている家庭の中には、「いつか働けるようになってほしい」「企業就労を目指してほしい」と願いながら支援を続けている方々も少なくありません。
長年の努力が実り、子どもの就職が決まった。初めて給料をもらった。そして税金を納める立場になった――それは家族にとって大きな喜びであり、一つの節目でもあります。
だから、「納税できるようになりました」という言葉には、「社会人として自立への一歩を踏み出せた」「ここまで頑張ってきて本当に良かった」という思いが込められていることがほとんどでしょう。
企業就労できた人の「喜び」まで否定されるべきではない
私は、その言葉に対して批判が起きることに違和感があります。
もちろん、障害の程度や特性は一人一人違います。企業就労が難しい人もいます。生活介護や、障害や持病などを理由に雇用契約を結んで働くのが難しい人に就労の機会を提供する「就労継続支援B型事業所」などを利用しながら生活している人もいます。
それは本人の努力不足ではなく、障害特性や健康状態など、本人ではどうにもできない事情によるものです。だからこそ、それぞれの生き方が尊重されるべきです。
しかし、それと同時に、企業就労できた人の喜びまで否定されるべきではないと思います。
「納税できるようになりました」と言っただけで、「納税できない人を見下している」「マウントを取っている」「優越感に浸っている」と受け取られてしまうことがあります。私は、それは少し受け取り過ぎではないかと感じます。
もし、その人が「税金を払えない障害者には価値がない」「企業就労できない人は社会のお荷物だ」という趣旨の発言をしたのであれば、当然問題です。
しかし、「自分の子どもが働けるようになった」「税金を納められる立場になった」という喜びを話しただけで、そこまで否定的に受け止める必要があるのでしょうか。
「配慮」と「遠慮」は違う…自分の喜びすら語れない息苦しさ
近年は、「誰かが傷つくかもしれない」という理由で、自分の喜びまで口にしづらい空気を感じることがあります。
「赤ちゃんが生まれました」「結婚しました」の報告も控える人もいます。
もちろん、言葉への配慮は必要です。ですが、配慮と遠慮は違います。相手を傷つける意図もなく、自分の努力や家族の喜びを語ることまで我慢しなければならない社会は、少し息苦しいようにも思います。
障害のある子どもを育てている家庭は、それぞれ目標が違います。企業就労を目指す家庭もあります。生活介護で安心して暮らすことを目標にする家庭もあります。地域で穏やかに生活できることを願う家庭もあります。
どれも間違いではありません。どちらが上でも下でもありません。
だからこそ、自分の家庭の目標を達成した喜びを、素直に語れる社会であってほしいと思います。
お互いの目標を認め合うことこそ「本当の共生」
残念ながら、こうした批判の中には、「ひがみ」や「嫉妬」の感情が全くないとは言い切れない場合もあるのではないでしょうか。
自分とは違う立場の人の喜びを、「マウントだ」「自慢だ」と決めつけてしまうのは、ある意味では逆の差別とも言えるかもしれません。
障害があるからこそ、お互いの置かれた状況を理解し、認め合うことが大切です。
企業就労できた人を批判する必要もありませんし、企業就労が難しい人を見下すこともあってはなりません。本来なら、「頑張ったね」「おめでとう」と言える話まで批判の対象になってしまうのは、とても残念なことです。
障害者コミュニティの中には、本当にさまざまな人生があります。
一般企業で働く人。福祉的就労を選ぶ人。医療的ケアを受けながら生活する人。それぞれ目指すゴールは違います。
だからこそ、自分とは違う生き方や価値観を認めることが、本当の意味での共生ではないでしょうか。
企業就労を目指す人は、その夢を堂々と語っていい。生活介護で安心して暮らせることを願う人も、その目標を大切にしていい――きれいごとかもしれませんが、お互いの目標を否定するのではなく、「その人らしい人生」を尊重し合える社会であってほしいです。
(子育て本著者・講演家 立石美津子)






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