「うちの子は教材じゃない」 自閉症の息子、運動会リレーに“強制参加”…教師下した判断に母が困惑した理由
自閉症児を育ててきた筆者が、過去に経験した学校の運動会を巡るエピソードについて、紹介します。

10月は運動会シーズンです。わが子のかけっこやダンスを楽しみにしている保護者も多いでしょう。
一方で、この時期になると心身のバランスを崩してしまう子どもたちもいます。
私は以前、次のような内容のブログを書きました。
「自閉症の知り合いのお子さんが、運動会が近づくにつれて大変不安定になっている。だったら休ませたらいいんじゃないか。子どもの安心・安全を守るためには、休ませる勇気も必要だと思う」
すると、「そんなことをしたらますます行事に参加できなくなるのでは」という意見も寄せられました。
また保育士や学校の先生からは「少しでも参加させてほしい、そうすれば楽しさが分かるから」という意見がありました。そして、保護者にも同様に伝えているとのことでした。
でも私は、子どもによっては参加させることよりも休ませることの方が大切な場合があると思っています。
運動会が原因で学校嫌いになるリスク
先日、ある動画を見ました。運動会までまだ何週間もあるのに、おねしょが始まってしまった子どもの動画です。
その子は、何度も何度もトイレに行ったり、落ち着きがなくなったりしていました。また、朝になると学校に行きたがらなくなり、親が「大丈夫だよ」と励ましても不安が消えません。
その様子を見ながら私は胸が痛くなりました。
実は、私の周囲にもよく似たお子さんがいます。通常学級に通う自閉傾向の強い小学生です。知的障害はありません。勉強もできます。でも運動会だけは別でした。
運動会の練習が始まると、家でトイレに行く回数が急激に増えました。朝になると「おなかが痛い」と訴えます。
学校に着いても教室へ入れません。登校渋りも始まりました。運動会の話題になるだけで表情が曇るそうです。
そのお母さんから相談を受けました。
「どうしたらいいでしょう」
私は率直に言いました。
「そこまで苦しんでいるなら休ませてもいいと思います」
もちろん、お母さんは悩んでいました。
「今年休ませたら来年も休むことになるんじゃないか」
「逃げ癖がつくんじゃないか」
「将来困るんじゃないか」
そう考えるのは当然です。でも私は逆に思います。
ここまで苦しんでいる子を無理やり参加させた結果、学校そのものが嫌になったらどうするのでしょうか。
運動会が怖いだけだったはずなのに、学校へ行くこと自体が怖くなるかもしれません。不登校になったらどうでしょう。運動会どころの話ではありません。
学校を卒業した後、運動会はありません。大人になってから履歴書に「運動会に参加できました」と書くこともありません。
運動会に参加できなかったことで人生が大きく不利になることはないでしょう。
でも、無理やり参加させられた経験がトラウマになり、「また失敗するかもしれない」「また嫌なことを強制されるかもしれない」という恐怖だけが残ることはあります。
私はそちらの方がよほど心配です。
「学習指導要領に運動会があるから」という言葉に違和感
実は私自身、特別支援学校の教員免許を取得する際、当時の養護学校(現在の特別支援学校)で教育実習を行いました。
その時、視覚障害のある子どもたちの運動会を見学しました。目の見えない子どもたちが、鈴の音を頼りに走る練習をしていたのです。
白杖は持ちません。ただ鈴の音だけを頼りに前へ進みます。
私はその表情を見て驚きました。楽しそうな子はほとんどいませんでした。怖そうな顔をしているのです。「転んだらどうしよう」「ぶつかったらどうしよう」という不安が伝わってきました。
私は指導教官に聞きました。
「なぜこんなことをするのですか」
すると「学習指導要領に運動会があるからです」という答えが返ってきたのです。
私はその時違和感を覚えました。子どものための行事ではなく、行事のために子どもが合わせさせられているように見えたからです。
私には、知的障害のある26歳の自閉症の息子がいます。息子の場合は運動会そのものを嫌がることはありませんでした。
ただし、競技にはほとんど参加しませんでした。スタートの合図が鳴っても走らず、みんなが踊っていても踊らず、ただ立っているだけです。
それでも学校は「みんなと一緒に参加することが大切です」と言いました。
ある年、息子は通常学級の子どもたちと一緒に団体リレーに参加しました。
当然、走りません。
支援員さんが横について、「頑張ろう」「行こう」と声を掛けます。それでも動きません。結果としてチームは大きく遅れました。
競技前には、「立石くんがいるから負けるよ」という声も聞こえてきました。
私は胸が締め付けられました。息子だって好きで走らないわけではありません。でもできないのです。それなのに、まるで負ける原因のように扱われてしまいます。親として本当につらい瞬間でした。
私は担任の先生に言いました。
「どうして同じ条件で競争させるのですか」
すると先生は、「息子さんにとっても良い経験になりますし、他の子どもたちにとっても障害理解の勉強になります」と答えました。
私は心の中で叫びました。
「うちの子は教材じゃない」
障害のある子どもを、他の子どもたちの学びのための存在にしないでほしいと思います。まず考えるべきなのは本人の気持ちではないでしょうか。
学校はどうしても「みんな一緒」を大切にします。でも、みんな一緒が苦痛な子もいます。ダンスの音が苦手な子。大勢の歓声が苦手な子。待つことが苦手な子。順位がつくことが苦手な子。練習そのものが苦手な子。
運動会は、それらの苦手が全部詰め込まれている行事でもあります。
先生は「慣れれば大丈夫です」と言います。でも、慣れるどころか毎年苦しみ続けている子もいます。
私は保育士時代にもたくさん見てきました。運動会の練習が始まると泣く子。朝から嘔吐(おうと)する子。本人の意思とは関係なく、体の一部が勝手に動いたり、声や音が飛び出したりする、いわゆる「チック」が出る子。爪をかみ続ける子。夜眠れなくなる子。
それでも周囲は、「頑張ればできる」「みんなやっている」と言います。
でも私は思うのです。子どもの頑張りは運動会だけで測れるものではありません。
毎日学校へ行くこと。朝起きること。友達と過ごすこと。苦手な授業を受けること――それだけでも十分頑張っている子はたくさんいます。
もしお子さんが運動会を極端に嫌がり、心や体に不調が出ているなら、一度立ち止まって考えてみてください。参加することだけが正解ではありません。
「子どもの安心と安全を守るために休ませる」という選択肢があっていいと私は思っています。
親に必要なのは参加させる勇気だけではありません。子どもを守るために「休ませる選択肢」を持つことも、大切な愛情だと思います。
(子育て本著者・講演家 立石美津子)






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