「人間ドックを受けていればOK」ではない! 健康診断で発見できない高齢者の「喪失」の正体
「健康診断を受けているから安心」という高齢者は多いかもしれません。しかし、高齢者研究を行う筆者は「健康診断で健康かどうかは分からない」と指摘します。その理由とは――。

「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」。世界保健機関(WHO)憲章による健康の定義は、よく知られるところです。筆者は2010年頃から高齢者研究を続けていますが、ここ10年くらいで、高齢者の健康観はかなりこれに近づいてきたように感じます。
「とにかく長生きしたい」という高齢者は減り、「高齢期をどう生きるか」という人生の質を重視する人が増えました。肉体的な健康を目的とし、健康診断や人間ドックで問題がなければそれで満足というのではなく、心の豊かさや社会や地域とのつながりを持つことを大切にし、人生を楽しむためのあくまで“手段”として、身体の状態に気を付けているという人が多くなりました。
ちなみに「精神的に良好な状態」とは、ストレスがたまらないような環境を整え、運動と休養を上手に組み合わせて適度な疲労と質のよい睡眠を実現し、抑うつ傾向を避け、認知機能や判断力を維持し、安定した情緒を保ちながら自分らしく楽しく暮らしている状況です。また、「社会的に良好な状態」とは、働いたり、趣味の会や地域活動などに参加したりしてコミュニティーに属し、人間関係や交流を継続していることを意味します。
肉体的に良好な状態というだけでなく、このように精神的にも社会的にも良好な状態があって、初めて“健康”といえる――。そう考える人が増えたわけです。当たり前ですが、精神的・社会的に良好かどうかは健康診断で分かるはずはなく、その意味では、健康診断の結果だけでは、健康かどうかは分からないと考えるようになってきたともいえるでしょう。
加齢現象は「病気」ではない
健康診断についていえば、そもそも、病気と加齢現象は分けて考えなければなりません。
病気というのは、その内容や程度、発症時期は人によって違いますし、適切な治療によって治すことができます。一方、加齢現象は生物としてプログラムされているものなので誰にでも訪れますし、これを治すことはできません。その意味で、この2つは全く異なるものです。
年を取れば血圧が上がってくるのは自然なことですし、目が見えにくくなり、耳が遠くなり、骨が弱くなり、関節が痛んだりするといったものは全て加齢現象であって、病気ではありません。健康診断を含めて、医療が時に、これらをまるで「病気」のように扱うのは、一種のマーケティング(顧客を創造する活動)といってよいでしょう。
また、よく指摘されることですが、健康診断と寿命には関係がありません(健康診断を定期的に受けている人の方が、そうでない人より寿命が長いというエビデンスはありません)。健康診断によって病気を早期発見し、早期に治療を行えば健康状態が長持ちし、寿命も延びるというのはいかにもスキのない論理のように見えますが、実はそうでもないということです。
健康診断では病気を発見できないのか、健康診断の結果がどうであれ健康や寿命は結局のところ人によるのか、発見しても上手に治療ができないということか、発見できたのに本人が治療に消極的なのか……いろいろと考えられるでしょうが、いずれにしても健康診断を妄信すべきではありません。
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