高齢期の《幸福の本質》は「健康」だけじゃない…「喪失と付き合う期間」に最も失ってはいけないものは何か
「喪失と付き合う期間」である高齢期を生きる上で、「健康」以上に大切なものは何か――。ある1組の夫婦のエピソードから、高齢期の幸福の本質について考えます。

先日、2冊の本が届きました。私が高齢者研究の場としてお世話になっている「中楽坊(ちゅうらくぼう)」という高齢者住宅で暮らしていた男性が、長い間書きためていた詩歌、エッセイ、旅行記などがまとめられたもので、それぞれ220ページほど、ご本人が書いた絵を表紙画にして美しく装幀された本です。
作者の奥さまは長年、学校教員として勤務するかたわら、詩集を何冊も出された詩人。ご夫婦は大変に仲が良く、毎朝、手をつないで散歩に出かけておられたそうです。その仲むつまじい姿や、エントランスにいる生活支援スタッフと交わすあいさつや会話の様子は、いつも周囲の心を和ませるものだったといいます。
ご主人は、今年の1月に逝去。そのあと、今回、本になった原稿が次々に見つかります。奥様はあとがきに、このように書いておられます。
「夫が亡くなってから、ぼつぼつ五か月が経つというのに、いまだに原稿が次々と発見されるのである。すべては本棚の隅々からである。(中略)夫が亡くなって一週間も経つ頃から、次々と書棚から見つかったのが、夫の文芸作品である。それはまさに、とどまることなく届けられる、私へのメッセージであった」
奥さまは、ダンボール2箱半の原稿を旧知の出版社に送り、ご主人の作品集の発行が決まります。そして自身の健康が優れない中、作品集の出版に向けて一人、奮闘されました。できた本を発送する先の名簿づくりなどもしておられたようです。
しかし残念ながら、本の出来上がりを見ることなく7月初旬、ご主人の後を追うように逝去されました。出版社の方は、あとがきの追記として奥さまの様子を、「出版することへの強い意志だけで生きておられたよう」と記しています。
普通はここで、出版の話はなくなるでしょう。本を作るには決して安くはない費用がかかりますし、出来上がるまでには編集や校正、そのチェックなど、出版社まかせにはできない作業が目白押しで、そんな大変な作業を引き受けるような人は、なかなかいないからです。
しかし、ここで立ち上がったのが「中楽坊」でできた友人を含む、ご夫婦の仲間たちでした。なんとか出版にこぎつけようと、奥さまの仕事を引き継がれたのです。詳しくは分かりませんが、相当な労力がかかったことは想像に難くありません。
そうして8月。とうとう本は完成します。出版にこぎつけた仲間の方々が、出来上がった本に添えた手紙には「◯◯さん(奥さま)の強い願いであった、△△さん(ご主人)の本をお届けできることをうれしく思っています」とありましたが、自分たちの苦労には一切触れない控え目な言葉には、感動を覚えました。
出来上がった本は、「中楽坊」の共用部に数十冊置かれました。すぐに本の全てが入居者の方々の手に取られ、読まれているそうです。今、マンション内はご主人の作品の感想や、ご夫妻の生前を偲ぶ話題で持ちきりなのではと想像します。

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