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IT講師はなぜ殺害されたのか ネットコミュニケーションの難しさと求められる「教育」

ネット上では他者への攻撃性が増す

 次に、ネット上では他者への攻撃性が増すという点についてです。

 そもそも、人は「自分を守りたい」という本能を持っています。命や健康、お金などを守りたいのは当然ですし、自分のプライドやテリトリーも守りたい。電車で隣に座っている人が自分の座席の方にグイグイ寄ってきたら不快になります。「ここは私の席なのに」と相手を押し返したくなりますが、こうした行動の根底には、「自分のテリトリーを守りたい」という気持ちがあります。

 当然、ネット上でも同じような気持ちが働きます。自分の居場所(SNSやネット掲示板など)を守りたい、自分の意見に同調してくれる人を増やしたい、自分の主張を通したい、といった気持ちを持っています。

 ところが、いくらそう思っても実際にはうまくいきません。不特定多数の人と関わるほど考え方の相違や意見の対立が生じやすくなり、さらに、ネット特有のコミュニケーションの難しさから誤解も生まれやすいのです。

 対立や誤解によって批判されたりすると傷つくだけでなく、自分のプライドやテリトリーを侵害されたという怒りにつながることがあります。場合によっては、相手に反撃したい、復讐したいという気持ちが強まります。

 リアルでの対立の場合、相手の家に押し掛けるとか、暴力的な手段に出るとか、そういう方法はハードルが高く、やむなく踏みとどまるということもあるでしょう。

 しかしネットでは、そうした攻撃を匿名で、自宅にいながら簡単に実行することができます。特に「匿名」は、自分を守る上で好都合。安全地帯にいながらやろうと思えばいつでもできることになり、反撃や攻撃のハードルが低いのです。

 自分が攻撃しやすい一方、相手も同じように攻撃しやすいわけですから、双方でどんどんエスカレートしていきます。

 今回の事件では、被害者側にネット関連の専門知識やリテラシーがあり、「ネット上では他者への攻撃性が高まる」といった認識も持っていたようです。そのため、加害者側の誹謗(ひぼう)中傷に直接反論しようとせず、運営会社へ通報するなどの方法を取っていたと報じられています。

 ところが、加害者は「自分の書き込みを運営会社に通報されて恨んでいた」と供述。結果的に被害者側の行為が加害者の怒りを増幅させ、事件に発展した可能性も考えられます。

 このように、一方的な「荒らし」や嫌がらせ行為をエスカレートさせる悪質ユーザーへの対応には、残念ながら難しい面があります。自分の正義や常識がそのまま通用しないことを前提に、慎重に考えましょう。

 運営会社や管理者への通報、警察や弁護士への相談、コメント承認制やセキュリティー強化、実名や生活状況などの個人情報を公開しない。これらの方法を組み合わせて対策を講じる必要があります。

なぜ実際の事件にまで発展したのか

 本当の動機や理由は加害者本人にしかわからないので、あくまでも一般論として解説します。リアルのトラブルで殴り合いのケンカになったとしたら、腕力や体力など身体的な戦いになります。

 一方、ネット上でのケンカやトラブルは、いわば心理的な戦いです。言葉によって相手を誹謗中傷したり、嘲笑したりして優位に立とうとします。心理的な戦いに負けると、それこそ心へのダメージになりやすく、自分のプライドや自己肯定感の低下を招きます。例えば誰かにひどい言葉を言われると腹が立つだけでなく、自信を失ったり、自分の欠点が気になり出したりするのです。

 自信を失ってヘラヘラしているわけにもいかないので、何か別の形で自己アピールをしたくなります。心理的な戦いでは優位に立てないとしたら、身体的な戦いで報復するしかない。そういう気持ちが高じて、凶器を準備したり、暴力的に襲うという手段に走ったりした可能性があります。

 実際、加害者は事件後に「ネット弁慶卒業してきた」と投稿しています。これは、心理的戦いではなく身体的戦いで優位に立てるくらい自分は強い、というアピールに他なりません。

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石川結貴(いしかわ・ゆうき)

ジャーナリスト

家族・教育問題、児童虐待、青少年のインターネット利用などをテーマに豊富な取材実績を持つ。ネット、スマホの利便性の背後にある問題に追った著書「スマホ廃人」(文春新書)は、国公立大学入試問題に採用されている。2020年から共同通信社の配信により、全国の地方新聞で「スマホ世代の子どもたち~大人の知らない最新事情」を連載。テレビ出演や全国各地での講演会など幅広く活動する。その他の著書は「子どもとスマホ」(花伝社)「ルポ 居所不明児童」(筑摩書房)など多数。

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