IT講師はなぜ殺害されたのか ネットコミュニケーションの難しさと求められる「教育」
福岡市で、IT講師がネット上でトラブルになった相手に刺殺される事件が発生しました。ネットトラブルの対処法やリテラシー教育の重要性について、識者が解説します。

福岡市で今年6月、IT関連セミナー講師がネット上でトラブルになった相手に刺殺されるという事件が起こりました。ネット上の遺恨が、現実の殺人事件にまで発展したことに対し、衝撃が広がっています。
ネットコミュニケーションの難しさや、求められるリテラシー教育について、青少年のインターネット利用などに詳しい、作家・ジャーナリストの石川結貴さんが解説します。
ネット上のトラブルが殺人事件に発展
福岡市でIT関連セミナーの講師が刺殺された事件は、被害者と加害者のネット上でのトラブルがリアル(現実生活)の事件に発展してしまいました。衝撃的な今回の事件ですが、似たような事件は海外でも起きています。
韓国では2013年、政治や思想の意見交換をするネット掲示板での意見対立が原因で、女性(当時30歳)が男(同30歳)に殺害されました。
2人は同じ思想を持つ仲間として交流していましたが、次第に関係が悪化。男は女性に対して殺意を抱くようになり、チャットサイトから女性の顔写真や住所を割り出しました。その後、2種類の凶器を持って女性が住む街を訪れ、被害者の自宅近くを何度も下見した上で殺害しています。
ネット上での恨みが募って殺害に至った点だけでなく、相手の情報や行動を事前に調べ、犯行現場の下見をしていた点なども、今回のIT講師の殺害事件と共通しています。
事件後、「日本社会の閉塞(へいそく)感」や「日本人の幸福度の低さ」などを指摘して、事件と結びつけるような意見がありました。国連が発表した「世界幸福度ランキング」で、日本は54位(2018年)。今回のような事件の根底に、生きづらさや将来不安を抱えた人が多いからではないか、といった論調もあるようです。
確かに、そうした面もあるかもしれませんが、私は他の要因に着目したいと思います。
ネット上のコミュニケーションの難しさ
まず、ネット特有のコミュニケーションの難しさです。
ネット上のやり取りは、動画配信やライブチャットなどを除けば、基本的に文字(言葉)だけです。実は文字だけで意思疎通をするというのは、とても難しいことなのです。
人と人とのコミュニケーションには、大きく2つの要素があります。一つは、言葉による情報や意思の交換。例えば「○時に○駅で待ち合わせしましょう」「わかりました」といったやり取りは、言葉によって双方の意思が伝達されます。
もう一つは、感覚的コミュニケーション。視覚や聴覚、触覚などの五感を通じて得る情報を元にするものです。例えば、男性が女性にプロホーズしたとしましょう。相手が何も言わなくても、満面の笑顔でうなずいてくれたら「イエス」と分かります。つまり、言葉がなくても「笑顔が見えた」という視覚を通じて情報を受け取り、意思疎通ができるわけです。
私たちの実際のコミュニケーションでは、この感覚的コミュニケーションから多くの情報を得ています。お互いの表情や仕草、声のトーンなどから、無意識のうちにさまざまな情報を収集し、判断材料にしています。
しかし、ネット上のコミュニケーションでは、視覚や聴覚などの感覚的コミュニケーションができません。先ほどのプロポーズの例で言えば、相手の笑顔やうなずく仕草を見ることはできず、「何も言ってこない」という情報しか得られません。
こうした状況から誤解や曲解が生じやすく、勝手な思い込みで暴走したり、一方的な怒りや恨みが募ったりする可能性が高まるのです。
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