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「早期退職」を募集すると優秀な人材から抜けていく、本当なのか

就活や転職、企業人事のさまざまな話題について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた筆者が解説します。

「早期退職」で優秀な人材が出ていく?
「早期退職」で優秀な人材が出ていく?

 2021年9月末付でパナソニックが早期退職を募集したところ、全社員の1%程度にあたる1000人以上が応募し、楠見雄規社長が記者会見で「パナが大きく変わっていくという説明が不十分だった。もう少ししっかりと説明ができていれば、活躍を期待していた人まで退職することにはならなかったと思う」と発言したというニュースが話題になりました。

 通常の割増退職金に上乗せする加算額は最大で基本給50カ月分とのことなので、「そんなにもらえるなら自分も辞めるかも」と思う人もいるでしょうが、パナソニックのケースに限らず、「早期退職を募集すると、優秀な人材の方から抜けていく」とはよく言われる話です。これは本当なのか、このような認識が起きるのはなぜなのかを今回は考えてみます。

落ち目のとき、頑張る人こそ次世代リーダー

 まず、そもそも、本当に優秀な人材「から」辞めていくのかについて考えてみましょう。確かに4年分以上の退職金の加算があれば、優秀な人材は「それを元手に一旗上げてやろう」と思うかもしれません。ただ、このように功利主義的に「自分のことだけ」を考える人材がその会社にとって、本当に優秀な人材かは分かりません。

 功利主義者は組織への帰属意識をうまく育てる上司に使われれば、会社のために頑張ることも大いにあり得ますが、多くの場合、自己の利益ばかりを追求し、全体最適な行動を取らないことも分かっています。「優秀だが自己中な人材」は会社にとって、最適な人ではないかもしれないのです。

 将来、組織や社会のリーダーになっていくような人には自己犠牲や奉仕の精神、さらには全体最適を考える姿勢などが必要です。企業はいつも順調なわけではありません。景気の変動や事業の浮沈などによって、ピンチに陥ることはいくらでもあります。現在まで続いている企業はそういう落ち目のとき、誰かが頑張って、立て直しを図ってきたからこそ、今があるわけです。

 リクルートしかり、ソニーしかり。企業が落ち目になったとき、「泥舟から早く逃げよう」という人ばかりでは会社は続いていきません。もちろん、ピンチの企業から成長企業へ場を移すことを否定するわけではありませんが(筆者自身もそういう人間でした)、そこで踏ん張ってくれる人がその会社にとっては「次世代リーダー」なわけです。

能力の低い人ほど自分を過大評価

 また、離職の研究などでは「キャリアパースペクティブ(自分の人生における、職業生活を中心とした生き方の、実現可能性が加味された短期的・長期的見通し)」がないことが離職に関係していると分かってきています。「この会社にいても、今後の自分のキャリアが見えない」というのは、もっと突っ込んで言うと「自分はどうも、あまり出世しなさそうだ」と思うということです(人はなかなか、直接的にそれを認めたくないため、「見えない」と表現するのでしょう)。

 本当に期待されている人には、会社側はそれなりにその期待を伝えているはずです。つまり、会社を辞める人は「自分が思う以上には、会社は自分を評価してくれていない」と思っている人が多いのかもしれません。イグノーベル賞の心理学賞を受けたことで有名な「能力の低い人は自分の能力を過大評価する」という認知バイアス、「ダニング=クルーガー効果」というものがあります。

 辞めていく人が思う「会社は自分を実際以上に評価してくれない」ということがもし、本当であれば、確かに会社側に問題があるわけですが、中にはダニング=クルーガー効果的に、本当は適切な評価(低い評価)を受けていたのに、自己評価が高いために、それと比較すると「自分は報われていない」と思って、退職を選んだ人もいるかもしれません(筆者もリクルートを辞めた際、そんな夜郎自大な状況だったように思います)。

 こういう点から考えても、早期退職に勇んで応じる人がその会社にとって、優秀な人かどうかは分かりません。

「袖触れ合うも多生の縁」を大事に

 さて、「早期退職を募集したら、優秀な人材から出ていく」という仮説について、あえて反対のことが成り立たないか、考えてみました。もちろん、リストラ(整理解雇)は会社にとっても社員にとっても非常に悲しいことですし、早期退職に応募する人が無能と言いたいわけではありません(繰り返しになりますが、筆者も「早期退職」している組です)。

 ただ、一概に「優秀な人材から出ていく」ということはなく、個々に早期退職を選ぶさまざまな理由があり、いろいろな人がいるのではないかという至極当たり前のことを言ったまでです。会社を恨んで辞める人もいれば、後ろ髪を引かれながらも出ていく人もいる。人それぞれでしょう。

 それを「優秀な人から出ていく」、あるいは「出ていく人は裏切り者」などと十把ひとからげに捉えるのは残念なことです。会社は大事な共同体であるものの、個々の人生全体においては一部にすぎません。いろいろな会社がいろいろな理由でリストラや早期退職制度を実施しますが、(会社の責任は別の問題として)個人がそれをどんな機会にしたとしても、よいも悪いもありません。

 出ていく側も残る側も、人には分からない諸事情があるのですから、選んだ道で分断されてしまうのはもったいないと思うのです。せっかく、同じ釜の飯を食った仲間との「袖触れ合うも多生の縁」を大事にしてほしいと筆者は思います。

(人材研究所代表 曽和利光)

曽和利光(そわ・としみつ)

人材研究所代表

1971年、愛知県豊田市出身。灘高校を経て1990年、京都大学教育学部に入学し、1995年に同学部教育心理学科を卒業。リクルートで人事採用部門を担当し、最終的にはゼネラルマネジャーとして活動した後、オープンハウス、ライフネット生命保険など多様な業界で人事を担当。「組織」「人事」と「心理学」をクロスさせた独特の手法を特徴としている。2011年、「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。企業の人事部(採用する側)への指南を行うと同時に、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験から、新卒および中途採用の就職活動者(採用される側)への活動指南を各種メディアのコラムなどで展開している。著書に「定着と離職のマネジメント『自ら変わり続ける組織』を実現する人材流動性とは」(ソシム)など。

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