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生きづらさ知る私だから…発達障害の26歳女性が、若者の就労支援に取り組むまで

障害と正面から向き合う

 大学卒業後、監査法人に就職しましたが、初日から問題を起こします。

「集合時間を間違って、慌てて電車に乗ったものの、なぜか1駅手前で降りてしまったんです。違う駅なのに、本来の最寄り駅と同じ出口番号『A5出口』から歩き始めて…。もちろん着くわけありません。普通なら『駅に引き返そう』と思うんでしょうけど、冷静になれず、どうにもできずにただ歩き続けて。結局1時間遅れで事務所に着きました」

 仕事でも、メールの誤字や脱字、上司の指示の聞き間違い、言い間違いが続きます。罪悪感、悔しさ、情けなさ。自分を責め続け、限界が来ます。ある日の仕事中のことでした。

「急に過呼吸が始まって、気が付いたら、床に倒れていました」

 数日後、会社には「皮膚科に行きます」と言って、生まれて初めて精神科を受診しました。「ミスが多い」「忘れ物が多い」といった自分の状態をインターネットで検索し、思い当たることがあったからです。仕事を続けながら通院して検査を続け、社会人になって半年後、発達障害の一つである「注意欠陥多動性障害(ADHD)」と診断されました。

「ショックはなくて、すっきりした気持ちでした。自分の『ダメっぷり』を自己嫌悪感だけで捉えていたのが、原因があるんだと分かったので」

 ごく身近な人だけに打ち明けました。ミスや忘れ物が多いことが症状の一つであることも。しかし、周囲の反応は予想と違いました。

「『誰だって苦手なことはあるよ』『気にしすぎだよ』と。『努力不足じゃない?』とも言われ、だんだん周りに話せなくなっていきました。そして、『やっぱり自分の努力が足りていないだけだったのかな』と、自分でも『障害』を受け入れられなくなりました」

 通院を一時中断。鎮静効果があり、衝動的行動を抑える薬を処方されていましが、飲むのをやめました。症状が再び現れ始めます。

「発達障害の当事者が、抱えている困難さを周囲に理解してもらえないことから、うつ病などの二次障害につながることは珍しくありません。『発達障害かもしれないと思い、周りに相談したけど、「逃げ」「甘え」と言われてしまった』という相談を、私も複数の人から受けてきました。

確かに、『障害者だから』と障害を補うための工夫を全くしなかったら、それは『甘え』かもしれません。しかし、障害と正面から向き合って、工夫の仕方を探すのは『逃げ』でも『甘え』でもありません。服薬もその工夫の一つです」

 2カ月ほどで通院を再開。周囲の支えもあり、仕事にも慣れてきました。公認会計士の仕事にやりがいを感じてはいましたが、一つの思いが林田さんの中に芽生えてきます。それは、自分と同じように苦しむ発達障害の人たちのために、自分が何かできないか、ということでした。

「『生きづらさ』を感じてきた私だからこそ、できることがあるはず」

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