「気を付けて」繰り返しても防げなかった“バス置き去り死”…子どもの命救うには?
世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。
9月5日、静岡県で通園バスの車内に置き去りにされたお子さんが亡くなりました。昨年7月にも福岡県で同様の事故が起きています。筆者にも4歳の娘がいますので、お子さまを亡くされたご家族の心中を察するといたたまれない気持ちになります。一方で、このような事故がなぜ繰り返されるのか、なぜ防げないのかを、安全の専門家の立場から考えると、世論が責任追及のための感情的な議論に偏っていて、再発防止に本気で取り組めていないからだという気がしてなりません。どうすればこのような事故を防げるのか、考えてみたいと思います。
「エラー」はゼロにできない
このような事故が「あってはならないこと」であるのは言うまでもありませんが、記者会見で語られた事故の経緯によれば、意図的で重大な違反行為があったからというよりは、本来行われるべき手順の省略や順序変更、思い込みなど、一般的なヒューマンエラーが不運にも重なってしまったことが原因と考えられます。
「人命が関わるような場面で、このようなエラーは許されない」と言いたくなる気持ちは分かりますが、人間は気を付けていても、必ずエラーをしてしまう生き物です。残念ながらエラーが起きる仕組みは、人命が関わる場面でも関わらない場面でも同じなので、人命が関わる場面であっても、エラーの発生率をゼロにすることはできません。
人間のエラー率は、行為をする人の意識レベル、作業の内容、他の作業との関係、疲労やタイムプレッシャーなど、さまざまな要因に左右されるため諸説ありますが、条件の良いときでも「数千回に1回」程度はエラーを起こすと言われています。
また、「数千回に1回」は正しい作業手順が認識できていて、やろうとしていることの「意図」が正しい場合であって、「必要な作業そのものが認識されていない」とか、「思い込みが発生している」今回の事故のような状況は、タスクを実行する手前の段階で「意図」が間違っているので、正しい行為はほぼ期待できません。つまりエラーは「気を付けていれば防げる」というものではないのです。
しかし、今回の事故を受けて、厚生労働省、文部科学省、内閣府は、保育所、幼稚園、認定こども園を所管する全国の自治体や教育委員会に対して、「安全管理を徹底するように」という「通知」を行いました。言い換えれば全国の現場の人に「気を付けてね」と伝えたわけです。
しかし、これにはほとんど効果がないかもしれません。なぜなら、既に全国の現場で同様の事故を起こさないという問題意識は共有されており、現場の皆さんは十分に「気を付けている」からです。記者会見の内容が事実であれば、これは今回の事故を起こした園にも当てはまります。園長は福岡の事故を受けて、職員に「気を付けるように」と注意喚起を行っています。
「通知」の内容には、複数の職員で子どもの人数を確認する、欠席状況を確認して職員の間で共有する、送迎バスには運転手のほかに子どもに対応できる職員を同乗させるなどの具体的手順も含まれていましたが、これも今回事故を起こした園が、通常のオペレーションであればやっていたと説明している手順です。こういった正しい手順の導入は大切ではありますが、これらは「手順を知らない場合」や「思い込み」の前には無力です。
昨年日本保育協会が行った調査では、通園バスを運用している施設は352施設でした。調査の回答率が約20%だったので、回答していない8割の施設もおおむね同じ数であると考えると、5倍の1760施設が通園バスを運用している計算になります。1つの施設で複数のバスを運用している場合もあるでしょうし、このデータには幼稚園が含まれていないので、未就学児を送迎するバスは少なくとも全国で3000台程度は走っていると推定されます。
これらのバスが、日曜や祝日を除き年間約300日、登園降園で1日2回走ると考えると、全国で年間180万回走行していることになります。ここで人間のエラー率(条件が良くても数千回に1回程度)を思い出してみると、仮に意図が正しく条件が良かったとしても「気を付ける」という対策がいかに無力であるか分かります。
コメント