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ネット上で攻撃された自分を救う「サイレントマジョリティー」の存在

世の中のさまざまな事象のリスクや、人々の「心配事」について、心理学者であり、防災にも詳しい筆者が解き明かしていきます。

ネット上で攻撃されたら…
ネット上で攻撃されたら…

 ネット上には有益な情報、楽しい情報も数多くありますが、誰かをやゆしたり、批判したり、時には激しく攻撃する言葉もあふれています。そして、その攻撃があなたに向かってくる日があるかもしれず、そんなときは心が折れそうになるかもしれません。今日はそうした攻撃的な言葉や否定的な言葉に対して、少しだけ気が楽になる考え方を紹介しようと思います。

否定的な声から自分を守るには

 ここ最近、有名人の自殺のニュースが相次いでいます。自ら命を絶った本当の理由はご本人にしか分かりませんが、いくつかの事例では、ネット上にあふれる誹謗(ひぼう)中傷がその原因の一端であるという報道がなされています。

 ネット上は匿名性が高く、誰かを批判するハードルが低いと言われていますが、ネットを離れても、クレーマーや「モンスター○○」など、ネガティブな感情をぶつけてくる人は少なくありません。新型コロナウイルスの感染クラスターとなった学校には「日本から出ていけ」「学校をつぶせ」などの電話がかかってきたといいます。

 こうした攻撃的な人たちの矛先はある日突然、自分に向けられるかもしれません。情報化社会に生きているわれわれは昔よりも、自分に対する批判を目にする可能性が高まっていますが、一方で、否定的な言葉をぶつけられる側の「傷つきやすさ」は情報技術が発展する前と同じで、面と向かってだろうがネット経由だろうが傷つくものは傷つきます。

 筆者が書いた記事にも、たまにネガティブな書き込みがあります。仕事柄、平均的な人よりは批判に慣れているはずですが、それでも、そういう書き込みを目にすると、とても悲しい気持ちになります。

 では、こんな時代に生きている私たちは、突然向けられた否定的な言葉から、どのように自分の心を守ったらよいのでしょうか。無視する、反論する、やけ酒を飲む、縫いぐるみを殴るなど対処法は無限にあり、どれが正解かは一概に言えませんが、これから紹介するような考え方をしてみてはいかがでしょうか。

“世論の総意”と違った選挙結果

 1969年、米国のニクソン大統領はベトナム戦争に関する演説の中で、「サイレントマジョリティー」という言葉を使いました。直訳すると「静かな多数派」という意味です。ベトナム戦争は当時、南北に分かれていたベトナムで起きた争いですが、当時のアメリカはベトナム戦争からの「即時全面撤退」と「段階的撤退」とで世論が割れていました。

 即時全面撤退をすれば、それ以降は米兵の戦死者は出ませんが、米国が支援する南ベトナムは侵攻され、米国は国際社会でのリーダーシップを失います。即時全面撤退を主張する側の人々はデモ活動を積極的に行い、メディアにも注目されていたので、即時全面撤退が世論の総意のように見えていました。

 しかし、米国のリーダーシップを重視したニクソン大統領は演説の中で、「サイレントマジョリティー」に自分を支持するよう訴え、後の選挙で圧勝します。段階的撤退を支持する人々は大きな声は出していませんでしたが、ふたを開けてみたら、実は多数派だったのです。

心が折れそうになったときは…

筆者作成
筆者作成

 このように「よく聞こえてくる大きな声」と「みんなの総意」は、実は違っていることがよくあります。これは一見意外なことのようですが、よく考えてみると当たり前のことなのかもしれません。

 例えば、あるお店に激しいクレームが寄せられたとき、お客さん全体がどんな分布になっているか考えてみましょう。縦軸に「人数」、横軸に「不満」を取ったヒストグラム(図)を描いてみると、激しいクレームを言ってくるクレーマーさんは分布の右端に位置する人です。左端の人は満足しているので何も言ってきませんし、真ん中あたりの、人数が多い人たちはすごく満足でもすごく不満でもない普通の評価、あるいは何も感じていない人なので、やはり何も言ってきません。

 わざわざ、労力や時間を使って何かを言ってくるのは商品やサービスに強い不満を持っている人だけなので、その商品やサービスが大多数の人に受け入れられているとしても、聞こえてくる声はネガティブなものばかりになるのです。

 クレームや批判には改善のためのヒントが隠されていることもあるので、全く耳を傾けなくてよいとまでは思いませんが、いわれのない誹謗中傷の場合もありますし、改善へのヒントと同梱(どうこん)されているネガティブな感情は聞き手の心を傷つけてしまいます。時にはシャットアウトすることも必要ですし、捉え方、考え方を工夫する必要もあります。

 目や耳に入ってしまった否定的な言葉を「みんなの総意」と捉えてしまうと心穏やかではいられません。しかし、全体の分布を一歩引いて見て、「否定的な言葉はみんなの総意ではなく、一部の極端な人の意見」と捉えることができれば、少しは気が楽になるのではないでしょうか。

 否定的な言葉に心が折れてしまいそうなときは「サイレントマジョリティー」の存在を思い出してください。大多数を占める、静かな彼らのあなたに対する感情はポジティブかニュートラルのどちらかで、ネガティブではないはずですよ。

(名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢)

島崎敢(しまざき・かん)

近畿大学生物理工学部准教授

1976年、東京都練馬区生まれ。静岡県立大学卒業後、大型トラックのドライバーなどで学費をため、早稲田大学大学院に進学し学位を取得。同大助手、助教、国立研究開発法人防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学未来社会創造機構特任准教授を経て、2022年4月から、近畿大学生物理工学部人間環境デザイン学科で准教授を務める。日本交通心理学会が認定する主幹総合交通心理士の他、全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で、3人の娘の父親。趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)などがあり、「アベマプライム」「首都圏情報ネタドリ!」「TVタックル」などメディア出演も多数。博士(人間科学)。

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