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“疫病退散”が起源の「夏祭り」、コロナで中止はやむを得ない?

新型コロナウイルスの影響で、「疫病退散」を起源とする夏祭りでも、中止されるものがあります。やむを得ないのでしょうか。

祇園祭は山鉾巡行などが中止に。写真は昨年の山鉾巡行(2019年7月、時事)
祇園祭は山鉾巡行などが中止に。写真は昨年の山鉾巡行(2019年7月、時事)

 夏になると例年、全国各地で夏祭りが開かれますが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため、すでに多くの夏祭りの中止、あるいは規模縮小が発表されています。しかし、夏祭りには「疫病退散」を起源とする祭りも多く、新型コロナウイルスが流行している今こそ、夏祭りをする意味があるようにも思えます。中止はやむを得ないのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

京都の「祇園祭」、大阪の「天神祭」

Q.日本の夏祭りには「疫病退散」を起源とする祭りも多いそうですが、事実でしょうか。なぜ、夏に疫病退散のための祭りが行われるようになったのですか。

齊木さん「日本の夏祭りに、疫病退散を起源とする祭りが多いのは事実です。梅雨の時季から夏にかけては、台風や日照りなどの自然災害、疫病の流行が起きやすい時期で、古来、災害や疫病は恐れられてきました。

特に、疫病はそれまで元気だった人がバタバタと倒れて死んでいくので、『人の力では克服できない』と考えられ、恐怖心から、神々を頼る信仰が強まりました。何か訳が分からない存在、つまり、『魔』が引き起こすのが疫病であり、その魔を封じるのが神様であると考えたのです。

このような信仰から夏祭りが生まれ、特に、人口が多かった京都や大阪、江戸などの都市部では、疫病撤退を願っての祭りが盛んに行われてきました。神様を乗せたみこしを担いで町中を歩き、神様に町を清めてもらおうとしたことが疫病退散のための夏祭りの由来です」

Q.疫病退散を起源とする夏祭りは、例えば、どのような祭りがありますか。

齊木さん「代表的なものは、京都の『祇園祭(ぎおんまつり)』です。祇園祭は平安時代前期の869年、京の都など全国で疫病が流行したとき、当時の国(山城、大和、武蔵、相模など)の数66にちなんで66本の鉾(ほこ)を立て、祇園の神様を迎えて祭り、災厄の除去を祈ったことが由来です。平安時代中期からは祭りの規模も大きくなり、田楽や猿楽なども行われてにぎやかな祭りとなりました。

大阪の『天神祭』も疫病退散を祈る夏祭りの一つです。天神祭は、平安時代中期の951年に始まった『鉾流(ほこながし)』の神事が起源といわれています。大阪天満宮(大阪市北区)の前の大川から、神様が使うやりのような武器『神鉾(かみほこ)』を流し、漂着した場所に祭場を設け、そこで疫病退散を祈りました。

また、福岡の『博多祇園山笠』も疫病を鎮めるための夏祭りです。起源は諸説ありますが、鎌倉時代前期の1241年、博多で疫病が流行したときに承天寺(福岡市博多区)の開祖・聖一国師が、祈祷(きとう)水をまきながら町を清めて回り、疫病退散を祈願したことが発祥という説が最有力とされています。

このように、京都と交易が盛んだった都市も、同じように疫病に苦しめられ、疫病退散を目的とした夏祭りが全国に広がっていきました」

Q.新型コロナウイルス感染症は、現代の疫病です。疫病を鎮めるために祭りが行われてきたとすれば、感染防止のために祭りを中止するのは本末転倒のようにも思えます。

齊木さん「祭りが疫病を退散する目的であっても、その祭りの関係者だけでなく国民の安全を考える上では、祭りを中止すること、あるいは規模を縮小することはやむを得ないと思います。

先述の通り、人類は太古から疫病に悩まされ、疫病を悪霊や疫神のたたりと考えて恐れてきました。悪霊を追い払うため人々はみこしを担ぎ、祭りを行い、『苦しいときの神頼み』として神仏に頼ることで国難を排除しようとしてきました。ただ、それは疫病の原因が全く分かっていなかったが故です。

疫病が恐ろしいのは昔も今も同じですが、医学が発達して感染拡大の要因が分かっている現代では、その要因の一つである『密』の状態を避けることが最優先であり、『大勢の観客を安全安心な形でお迎えすることは難しく、人命や来場者の安全を優先すべきだ』と考えて夏祭りを中止する主催団体が多いのは、自然なことだと思います」

Q.疫病を払うとされる妖怪「アマビエ」が話題になったように、新型コロナ感染拡大の終息を願い、何かにすがりたい人は多いように思います。疫病退散の祭りを、規模を縮小してでも行うことは、世間にどのような影響を与えると思われますか。

齊木さん「日本の祭りには『祈り』『感謝』『願い』といった日本人の『生きるための思い』が集約されています。また、みこしを担ぐときの『ワッショイ!』という掛け声には、『和(日本)を背負う』という意味があるともいわれ、祭りは人々にとってのよりどころです。

そのため、祭りが中止や規模縮小となっても、神事だけでも行うことで、私たち一人一人の大きな活力になると思います。神事が行われる場に行くことはできなくても、誰かが疫病退散のために全力を注いでいる、その行為に気持ちを寄せることで、一緒にこの難局を乗り越えようという一体感が生まれるのではないでしょうか。

以前、伊勢神宮(三重県伊勢市)の神職の人から、『毎日、新型コロナが終息するように祈りをささげています』というメッセージを頂きました。毎日、誰も知らないところで、国民のために祈りをささげている人がおられると知り、何だか大きな愛で包まれていると感じたことを覚えています。

そういう意味でも、神事だけでも行われると伝わることで、国民一人一人が力を合わせて打ち勝たねばならないという勇気を持てるようになるとともに、改めて自分たちの行動を見直すきっかけとなるのではないでしょうか」

(オトナンサー編集部)

齊木由香(さいき・ゆか)

日本礼法教授、和文化研究家、着付師

旧酒蔵家出身で、幼少期から「新年のあいさつ」などの年間行事で和装を着用し、着物に親しむ。大妻女子大学で着物を生地から製作するなど、日本文化における衣食住について研究。2002年に芸能プロダクションによる約4000人のオーディションを勝ち抜き、テレビドラマやCM、映画などに多数出演。ドラマで和装を着用した経験を生かし“魅せる着物”を提案する。保有資格は「民族衣装文化普及協会認定着物着付師範」「日本礼法教授」「食生活アドバイザー」「秘書検定1級」「英語検定2級」など。オフィシャルブログ(http://ameblo.jp/yukasaiki)。

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