「銃の音、聞いたことあるんか?」…拳銃を懐に忍ばせた“支離滅裂”な訪問者〜実録・ボディーガード体験談
ドラマや映画でよく描かれるものの、実際はあまり知られていない「ボディーガード」の仕事。今回は「拳銃」と対峙した危険な案件について語ります。

規制の厳しい日本にも少なからず存在する「銃」。拳銃が絡む事件は海外よりも少ないとはいえ、日本でも決して絵空事ではありません。今回は、ボディーガード歴27年のMさんによる、国内ではまれな拳銃と対峙(たいじ)した際の体験談をご紹介します。(個人情報保護の観点から、会話の内容などに一部アレンジを加えています)
「会いに行くから待ってろ」…元暴力団員からの電話
今から15年ほど前、ある会社経営者を警護していたときの出来事です。業種は言えませんが、依頼人の会社は相当やんちゃな人材も受け入れており、元受刑者や薬物の使用歴がある人もいました。ただし、社長本人は反社会的勢力と縁のない人です。
当時は、その業界全体に前科や逮捕歴を持つ従業員が多く、関係者ばかりか、顧客とのトラブルも絶えなかったそうです。社長は自社だけでなく業界の健全化を目指していたため、疎ましく思う者も少なくありませんでした。実際、警護依頼の数カ月前から複数の脅迫を受けており、周囲の勧めで取りあえず2週間、ボディーガードを雇うことにしたのです。しかし社長自身は、警護を必要と感じていないようでした。
警護は私1人、時間は平日の午前8時から午後6時の間です。しかし、警護した2週間の間にトラブルは起きず、最終日に社長は「頼んで損したな」と笑っていました。これは警護の“あるある”です。付加価値を伝えられなかった警護側にも責任はありますが、危険なトラブルが起こらないと、「損」と感じる依頼人は少なくありません。とにかく、このときは何事もなく契約が終了しました。
それから10日ほどたった日の夕方。別の勤務を終了した直後に、所属する会社から携帯に連絡がありました。「例の社長さんから再び依頼が来た」と。そして現場に向かう前に、会社に立ち寄るよう指示されました。こういうとき、普通は直行です。わざわざ会社に寄るのは特別な装備が必要だからです。会社に着くと、営業のAと入社2年目のB隊員が待っていました。
Aは「今回は2人体制の依頼です」と言い、紙袋を手渡してきました。中を見なくても、大きさと重さで防弾チョッキだと分かります。「詳細は依頼人から直接聞いてください」とのことなので、防弾チョッキをワイシャツの下に着込み、警棒を右腰のベルトに差して、Bと現場に向かいました。
現場に到着し、10日ぶりに社長と会いました。前回お会いしたときとは異なり、顔面蒼白(そうはく)です。聞けば1時間ほど前に、元従業員の男から「夜9時に、社長に会いに行くから待ってろ」と電話があったそうです。くせの強い従業員ばかりですから、社長もいざこざには慣れていましたが、その男は問題のある人物でした。
電話をしてきたのは、Zという元暴力団員です。粗暴な性格で、他の従業員からも恐れられていたそうですが、その反面、リーダー的な存在でもあったと説明されました。何より、感情の起伏が激しく、ささいなことで“爆発”するのを何度も見たそうです。そして、「営業のAさんにも言ったように、トカレフ(拳銃)を持っているといううわさがあります」と付け加えられました。
「Zが面会を望む理由は何ですか?」と社長に尋ねると、「話が支離滅裂で、具体的な要求が分かりません。でも、金でしょう」とのこと。いずれにせよ社長としては、一度きちんと話して解決を試みようと考えたのです。しかし実は、この発想はよくありません。話し合いや誠意が通じるのは、相手がまともな人間のときだけです。道理の通じない相手との面談は、時間が無駄なだけでなく、逆効果になることがあります。本来は「徹底的に距離を置く」べきです。
念のため、「Zが来たらお引き取り願いましょうか?」と提案しましたが、「会わないと何をしてくるか分からないから危険だ」と社長は拒否しました。実際は、「何をするか分からない人間と会う方が危険」なのですけどね。
そして社長は、退職金の名目で現金50万円を用意していました。実は、既に100万円近く貸しており、それの帳消しも条件に足すつもりとのことです。
Zの来社予定まで1時間ほどしかないため、急いで段取りを決めました。話し合いには私1人が立ち会い、Bは隣の物置部屋に待機させることにしました。ちなみに、私の名目は「新しい秘書」です(やや無理がありますが…)。
事務所は一般的な2部屋のマンションです。10畳部屋の真ん中に4人用の応接セットがあり、Zが訪れたら奥に座らせることにしました。万が一のときは、物置のBが背後から押さえられるからです。しかし隣室とはいえ、ドアを閉めると事務所の様子が分かりにくいので、携帯を通話状態にして様子を伝えることにしました。
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