トイレ用洗剤をウイスキーに入れ替え…重症の妻を守るための“監視”〜実録・ボディーガード体験談
ドラマや映画でよく描かれるものの、実際はあまり知られていない「ボディーガード」の仕事。今回は「自宅から妻を出さないでほしい」という“予想外”だった案件について語ります。
あなたは「ボディーガードの仕事」と聞いて、どんなことを思い浮かべますか。有名スターや著名人の護衛は、実はボディーガードが受ける仕事の“一つの側面”に過ぎません。今回は現役ボディーガードのK氏に、ある珍しい依頼の実話を伺いました。おそらく二つとない内容ですが、ボディーガードの幅広いニーズが分かる事例です。(関係者の個人情報保護への配慮から、内容に一部アレンジを加えています)
「自宅から妻を出さないでほしい」
民間の身辺警護の仕事は、暴力を防ぐだけではありません。
9年前の話です。依頼人は、東京の郊外にお住まいのサラリーマン男性でした。「私が仕事で留守の間、自宅から妻を出さないでほしい」という内容です。コンプライアンスどころか法的にアウトなのではと思いましたが、監視は奥さまを守るためでした。彼女が重度のアルコール依存症だったからです。
奥さまは、ダメだと理解しつつも飲酒をやめられないため、誰かが監視するしかありませんでした。しかし日中、ご主人はお勤めに出ています。他に家族はいません。そこで、警備会社に依頼されたというわけです。もちろん、根本的な解決には治療が必要ですし、奥さまは実際に入退院を繰り返していました。ご依頼いただいたのは、次の入院先のベッドが空くのを待っていた時期です。
玄関のドアが開かなければ外出できず、酒を注文しても受け取ることができません。そのため、ご主人は過去にも、外からしか開けられない鍵を設置するなど、できる限りのことは試したそうです。しかしご主人が帰宅すると、彼女は酒を飲んでいた…つまり、酒を手に入れるルートがあるのです。
結論をいうと、奥さまは酒販店の人をベランダの下に呼び出し、受け取りと支払いは、かごをひもで降ろして行っていたそうです。目を離すと、あらゆる手段を使って酒を手に入れるので、「誰かが見張るしかない」とのことでした。
ちなみに、奥さまの年齢は40歳くらい。小柄で、どこか品のある女性です。知らない人が見たら、そんな病気を抱えているとは想像もできないでしょう。ただし、落ちくぼんだ目と痩せた体からは、独特の雰囲気が漂っています。居間に、元気な頃の写真が飾られていましたが、別人にしか見えませんでした。しゃべる声はか細く、初日にごあいさつしたときも、声が聞き取れなかったほどです。
現場となるお住まいは、4階建てマンションの最上階です。警護をする時間は、平日の午前8時から午後6時。ご主人が出勤してから帰宅するまでの間です。とはいえ、他人が自宅内をウロウロしては気が休まりませんし、それがストレスで症状が悪化したら最悪なので、私はご主人の書斎に待機し、奥さまは居間か寝室で過ごしていました。
私の仕事は、「奥さまを1人で外に出さない」「買い物の同行」「訪問者の対応」「奥さまの様子をチェックする」の4つです。基本的におとなしい人でしたが、豹変(ひょうへん)することがありました。
例えば、週に1度ほど「外に出せ!」と私に詰め寄り、暴れることがありました。暴れるといっても、たいした力はありませんが、吐く言葉はすさまじかったです。ご主人に対しては日常茶飯事だったようですが、他人の私にはギリギリまで我慢していたのでしょう。苦しく、耐えきれないときに爆発したのだと思います。過去には自傷行為もあったそうなので、その点も警戒が必要でした。
詳細は失念しましたが、奥さまは完治が難しい重症で、「このままでは半年もたない」と宣告されたそうです。大げさではなく、彼女にとってアルコールは“毒”なわけです。しかし、飲みたい欲求とは裏腹に、体はアルコールを受け付けません。飲んでもすぐに吐いてしまいます。吐くと分かっている、でも飲みたい…。まさに地獄です。
そんな中、奥さまが唯一リフレッシュできるのが買い物。毎日、ショッピングモールまで20分ほど歩きました。最初は会話がありませんでしたが、数日たつと少しずつ会話が生まれ、10日ほどすると、「お酒をやめたいけど、自分ではどうにもできない」つらさなども語ってくれるようになりました。
奥さまが私の存在にも慣れて、リラックスしてきたある日、問題が起きたのです。
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