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相次ぐ刺傷事件に恐怖…「護身術」は身につけておくべき? その現実とリスク

今年、相次いで発生した電車内での刺傷事件。いざというときに身を守る「護身術」の必要性を考える人もいると思いますが、本当に役に立つのでしょうか。ボディーガードである筆者が解説します。

刺傷事件後、騒然とする京王線国領駅周辺(2021年10月、時事)
刺傷事件後、騒然とする京王線国領駅周辺(2021年10月、時事)

 10月31日、京王線車内で刺傷事件が発生しました。この原稿を執筆している段階では、事件の詳細はまだ明らかになっていない点が多いですが、容疑者の供述によると、8月に発生した小田急線車内での無差別刺傷事件を模倣した犯行のようです。身勝手な理由で、面識のない相手に平然と刃物を向ける理解不能な凶行に多くの人が恐怖を感じたと思います。また、「護身術」の必要性を考えた人も少なくないでしょう。

 相手の攻撃から身を守るための護身術は身に付けておくことで、いざというときに役立ちそうなイメージがありますが、実際のところ、本当に役に立つのかどうか疑問に思ったことはないでしょうか。ボディーガードである筆者の観点で結論からいうと、どれほど護身術の稽古を積んでも身を守れる保証はありません。

 仮に、目の前に刃物を振り回す通り魔が現れた場合、身を守るための最も確実な方法は「素早く、その場から離れること」です。しかし、「逃げるが勝ち」とはいかない場面が少なからずあるのも事実です。被害に遭った人の多くも「逃げられるなら逃げた」のではないでしょうか。

自分なりの「警戒基準」を持つ重要性

 護身術には、使うに至るまでのプロセスがあります。「いち早く異常に気付く」→「素早く離脱する」→「無理な場合は闘う(護身術)」です。これが正しい順番であり、「闘う」から始まることはありません。他に方法がない状況で初めて、護身術を使うべきなのです。

 当然ですが、危険な相手から遠ざかれば、護身術や護身用品を使う必要はありません。早めに危険を察知する力こそ、最高の護身術なのです。まずは怪しい人物を見分けるためのシンプルな方法をご紹介します。次の4つは、筆者が無意識に観察している他人の特徴です。

(1)声のボリュームがおかしい
(2)距離感が近い
(3)しぐさや挙動が速い
(4)真っすぐ一点を見つめている

 これらの特徴を満たしている人が必ず危険というわけではありません。当てはまるからといって危険人物と決めてかかると、別のトラブルや偏見を生みます。大事なのは自分なりの警戒基準を持つことです。それがないと、いくら周りに目を凝らしても、誰が危険か判断できません。

 警戒すべき相手を取捨選択する力は「人間観察」で養われます。まずは自分の“アンテナ”をつくり、それに引っ掛かる人間がいたら観察してください。結果、危険がなければそれでよいのです。アンテナができあがると、注意して周りを見なくても、不審な人間が自然と目に飛び込むようになります。ここまでを前提として、いざというときに身を守るための現実的な方法を考えてみましょう。

護身術を使うと何が起こる?

 護身について考える前に必ず理解していただきたいことがあります。「護身術や護身用品によって生じた結果は全て自己責任である」ということです。自分や大切な人を守った結果として、相手(暴漢)がけがをすることは想定の範囲内ですが、ここで問題になるのが「正当防衛」と「過剰防衛」です。

 殺意をむき出しに突然、暴力で襲いかかってくる相手に対して手加減などできるのでしょうか。どう考えても現実的ではありません。つまり、正当防衛になるのか、過剰防衛になるのかを自分でコントロールするのは不可能といえます。いうなれば運次第で、むしろ、過剰防衛になる可能性の方が高いと考えるべきでしょう。

 しかも、仮に正当防衛が成立したとしても、それまでには1年、もしくはそれ以上の係争期間が待っています。結果的に正当防衛が認められたものの、その間に仕事や家族など大事なものを失った人は珍しくないのです。襲われた側である被害者がこんな不合理にさらされるのはとても納得できません。だからといって、反撃しなければ、命の危険すらあり得るという2重の理不尽さです。

 こうした背景から、どんな理由であれ、暴力は巻き込まれた時点で何らかのダメージが確定している“悪夢”です。しかし、これが現実である以上、少しでも被害を抑える方法に目を向けるしかありません。

護身術の効果と現実

 個人的には「護身目的で護身術を習うこと」はおすすめしませんが、「護身術を習うこと」自体は賛成です。矛盾していると思われるでしょうから、少し説明しましょう。「護身術」という名称の格闘技はないので、実際に習うのは空手、柔術、合気道、キックボクシングなどになるでしょう。道場では体力づくりや基本動作から始まり、徐々にレベルアップしていきます。

 空手など、帯に色がつく競技もあるので、努力の成果を実感できるのも喜びの一つです。近年、子どもの習い事として人気の理由もここにあると思います。つまり、武道の価値もその他の趣味と同じく、実用性だけでは測れないのです。見方を変えると、護身術は武術の目的というよりも「副産物」といえます。

 では、道具を使うのはどうでしょうか。例えば、いすやペンなど、身の回りには武器や盾として使える物が多く、身辺警備でも、それらの利用を訓練しています。ただ、これらは格闘技の応用なので、未経験者にはなかなか難しいのが実情です。そのため、さまざまな護身用品が市販されています。

 現在、日本国内で主に入手可能な護身用品は「警棒」「スタンガン」「催涙スプレー」などです。しかし、これらを所持・使用する上で忘れてはならないのが軽犯罪法です。護身用品の携帯は法律で禁じられているため、かばんに入れているときに職務質問を受ければ、ペナルティー必至です。また、実際に使えば、正当な理由であっても逮捕・拘留される可能性があります。

 法律が絡んでくることもあり、催涙スプレーなどの所持をすすめることはできません。しかし、体力に差がある相手や武器を持つ者の攻撃を道具なしに防ぐのは難しいのも現実です。結局のところ、闘いを有利にするのは「体重」「筋力」「武器」です。多くの格闘技が階級制なのは、体格の差はいかんともしがたい壁だからです。

 その差を補うには大変な稽古を積むか、優れた道具を手にするかになります。最終的に、護身用品を持つか否かの判断は自己責任です。身の安全と軽犯罪法違反、この2つの側面を踏まえて決めるしかありません。

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加藤一統(かとう・たかのり)

一般社団法人暴犯被害相談センター代表理事

1995年より身辺警備(ボディーガード)に従事し、これまで900件以上の警護依頼を請け負う。業界歴26年。現在は、優良なボディーガード会社や探偵会社を探すユーザーに向けた無料紹介所「ボデタンナビ」を主宰。紹介だけでなく、企業のセキュリティーから家庭の防犯まで、網羅的な質問にも答えている。護身・防犯用品の設計企画を行う「タカディフェンスデザイン」も運営。ボデタンナビ(https://bhsc.or.jp/)、タカディフェンスデザイン(https://www.t-d-design.com)、公式ツイッター(https://twitter.com/bodetan)。

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