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菅首相退任へ 専門家に聞く、印象的な歴代首相の“ラスト会見” 何を語るべき?

菅義偉首相は近く、最後の記者会見をすると思われますが、歴代首相の最後の会見では、どのような印象的な場面があったのでしょうか。広報の専門家に聞きました。

記者が出て行った会見室で、テレビカメラに向かって話す佐藤栄作氏(1972年6月、時事)
記者が出て行った会見室で、テレビカメラに向かって話す佐藤栄作氏(1972年6月、時事)

 9月29日に自民党の新総裁が決まり、10月上旬の臨時国会を経て、新首相となる見込みです。菅義偉首相は在任1年余りで退任することになり、近く、最後の記者会見があると思われますが、歴代首相の最後の会見では、どのような印象的な場面があったのでしょうか。また、国や企業を率いてきたトップがその地位を去るとき、何を語るべきなのでしょうか。広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「国の将来のあるべき姿」語る

Q.企業、団体など組織のトップが退任前後にスピーチをする場合、何を語るべきなのでしょうか。

山口さん「組織のトップがその地位を去る場合、円満な退任ということであれば、社員への感謝の念、後任者への言葉、それに自身が達成した成果を語るべきだと思います。経営の神様といわれている松下幸之助氏は1961年に社長を退任しました。パナソニックのホームページによれば、同年1月の経営方針の発表を終え、いったん、壇を降りた松下氏はまだ拍手の鳴りやまないうちに再び登壇、突然、社長退任を発表したとのことです。要旨は次の通りです。

『皆さんのご協力を得て、5カ年計画も無事に終了し、私もちょうど満65歳のいっぱいを勤めることができました。(中略)今日、この盛況を見ることができたのは誠にうれしい限りです。そこでこの際、社長を退き、会長として、後方から経営を見守っていきたいと思います。私が引退しても経営は十分にやっていけると思います。これを転機に、新たな構想のもとに活動していってください』

素っ気なく感じられるところに私は好感を持ちました。退任する身ですから、美辞麗句を避け、達成した成果、社員への感謝の念、後任者への言葉を淡々と話す方が社員にも後継者にも優しい言葉と響き、彼らのやる気と責任感を奮い立たせると思うのです。さすがは経営の神様の退任スピーチだと思いました」

Q.では、首相の場合は何を語るべきでしょうか。

山口さん「首相の場合、スキャンダル等による辞任でなければ、自身が信じる『国の将来のあるべき姿』をしっかりと話すべきだと思います。日本の首相ではありませんが、2019年5月24日に辞任を表明したイギリスのテリーザ・メイ首相(当時)のスピーチは好例でしょう。

イギリスのEU離脱(ブレグジット)に反対していたメイ氏ですが、2016年に国民投票でブレグジットが可決された後は、離脱のための調整に全力を注ぎました。しかし、議会の反対でEUとの交渉が行き詰まり、辞任せざるを得なくなったのです。メイ氏の辞任スピーチの中で私が注目した部分の要旨は次の通りです。

『私はイギリスを一握りの特権階級のための国ではなく、あらゆる人々の国にしようと努力してきました。3年前にイギリス国民はブレグジットを選びました。民主主義においては、首相は国民の選択を実行に移す義務があります。私はEU離脱のためのあらゆる努力をしましたが実現できませんでした。心から残念に思っています。

しかし、国民投票の結果を履行する道の模索は、私の後継者に引き継がれると思います。なぜなら、国民投票は単なるEU脱退宣言ではなく、イギリスの大きな変革のためのものだからです。イギリスを真に国民のための国にする宣言です』

その後、メイ氏の後任に選ばれた保守党政権のボリス・ジョンソン首相は議会の度重なる反対運動に打ち勝って、EUからの離脱を実現させました。離脱の評価はさておき、メイ氏のスピーチからは『イギリスを真に国民のための国にする』というビジョンが伝わってきました」

Q.歴代日本の首相による退任会見や辞任会見で、最も印象的な会見は。

山口さん「1972年の佐藤栄作首相(当時)の退任会見です。会見場に姿を現した首相は冒頭、『テレビカメラはどこかね? 今日は新聞記者の諸君とは話さないことにしている。僕は国民に直接話したい。偏向的な新聞は大嫌いだ。記者は帰ってください』旨を話した後、総理室に戻ってしまいました。

同席していた官房長官の説得で会見室に戻った首相は何事もなかったようにテレビカメラに向かって、国民に向けたスピーチを始めたのです。記者が激しく抗議すると、首相はテーブルをたたいて、『出ていってください』と言い、記者も腹を立てて、全員が退席しました。その後の様子を翌朝の新聞は『ガランとした首相官邸の会見室で、首相はモノいわぬ機械に向かって1人でしゃべっていた』と報道しました。

諸外国では、首相や大統領がテレビカメラを通して直接、国民に語り掛けることは珍しくありません。しかし、日本のテレビ局は、首相が直接、国民に語り掛ける演説は事実上放送しないことにしています。首相が話す直接の相手は常に記者であり、その様子をテレビが報道するスタイルが取られているのです。テレビ局の主張は時の権力者の一方的な主張を放送することになりかねない弊害を排除するため、ということのようです。佐藤氏の会見は異例でした」

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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