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孤独の一方で… 高齢者の「1人暮らし」増加は体力や健康に好影響?

この30年で大きく変化した高齢者の生活環境。孤独・孤立の問題につながっているとの声もある中、高齢者の体力や健康に好影響を与えた可能性があるのではないかと、筆者は考えています。

高齢者の体力が向上した理由は?
高齢者の体力が向上した理由は?

 高齢者を取り巻く環境で、平成・令和の時代における最も大きな変化は「3世代同居」の激減です。65歳以上の人がいる世帯のうち、3世代同居は1989年に40.7%ありましたが、2019年には9.4%にまで減っています。子や孫の助けを受け、また、子や孫との関わりの中で憩いや癒やしを得ながら暮らす高齢者はこの30年で、4分の1になってしまったということです。

家族構成の変化がもたらした影響

 同じ期間、高齢者の1人暮らし世帯は14.8%から28.8%と約2倍になりました。高齢の夫婦のみの世帯も20.9%から32.3%と約1.5倍になっています。このような大きな環境変化を見れば、高齢期の孤独・孤立が問題になるのは当然ですし、“キレる高齢者”が増えているという問題は、承認欲求を満たしてくれていた子や孫がいなくなったことによる強いストレスが原因とも考えられます(これらの分析については、筆者の最新刊「年寄りは集まって住め~幸福長寿の新・方程式」=幻冬舎=に詳しく記載しています)。

 しかし、高齢の1人暮らしや夫婦のみ世帯の増加が、孤独・孤立や社会的不適応といった悪いことばかりにつながっているとはいえません。筆者は、家族構成の変化が高齢者の体力や健康に好影響を与えた可能性は大いにあると考えています。

高齢者の体力は、なぜ向上したか

 2006年に発表された論文「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」(鈴木隆雄氏)では、歩行速度の観点から、「2002年の高齢者は、1992年の高齢者より10歳程度若返っている」と結論づけられています。それ以降に実施されている、スポーツ庁による「体力・運動能力調査」でも、高齢者の体はさらに若返りを続けていることが分かっています。例えば、今の75歳の体力は30年前の60代前半に相当するレベルと考えられているのです。

 このような急な体力の向上は、運動習慣や食事などに気を付けるよう呼び掛けた、行政などによる啓発活動も影響したと思いますが、もっと大きかったのは、高齢者だけで生活する人が急激に増え、自分たちだけで自立した生活をするようになったこと、また、それを継続しなければならないという自覚が多くの高齢者に生まれたことでしょう。

 3世代同居ならやらなくても済んだ家事や買い物を自分でする、さまざまな日常の面倒ごとを自分で解決する…といったことは大変であっても、健康や体力面には好影響を及ぼします。体調維持や健康管理へのモチベーションも、3世代同居より高齢者のみで暮らす方が高くなるはずです。

 意識の面も大きいでしょう。3世代同居だと毎日、「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれて大切にされますから、だんだんと「自分は年寄りなのだから出しゃばらない、人に任せる」といった意識が強くなり、知らず知らずのうちに“年寄りっぽく”なっていきます。また、子や孫が普通にやっていることができない、難しいといった場面があるので、年齢による衰えを感じやすくなります。それに比べれば、高齢者のみの世帯では衰えを自覚する機会が少ないため、意識が若々しくいられます。

「高齢者は弱い存在」なのか

 高齢の1人暮らしや夫婦のみ世帯の増加は不可逆的で、これからも増えていきます。それは孤独・孤立や社会的不適応の問題と今後も向き合わざるを得ないことを意味しますが、同時に、高齢者の健康状態や体力を向上させていくことにもつながります。高齢者はおそらく、これまで以上に元気になっていくのでしょう。そう考えると、本人にとっても社会にとっても大切なのは「高齢期の健康や体力をどう生かすか」という発想です。

 ところが、世の中の認識はこれとは大きく違います。若い人たちと話をしていると「離れて暮らす親が心配」という人がいます。親の心配をすること自体は立派なのですが、親の年齢を聞くと60歳そこそこであることがよくあり、苦笑してしまいます(筆者とそう変わらないじゃないか…と)。彼らの中には「60代であっても、年を取ると、いつ何があるか分からない」「高齢者は守ってあげなければならない弱い存在」というようなイメージがあるのでしょう。

 高齢者関連の施策を見ても、例えば、「高齢者の社会参加」は重要なテーマになってはいますが、それは健康を損なって、要介護状態になるのを防ぐために、できるだけ外出させること、孤立しないよう見守りやすくすることが目的であり、「生かす」という発想ではありません。つまり、これは一昔前の「高齢者を弱者とみなし、守るべき対象として扱う」というパラダイムから脱しているとはいえません。

 日本総合研究所(東京都品川区)が提唱した「ギャップシニア」という言葉があります。年を取って「できること」が減り、「やりたいこと」との間にギャップが生じている高齢者を指し、彼らをどう支援するかが問題だという主張をしていますが、それは大した問題ではありません。本当に解消すべき重要なギャップは「高齢者の元気さ」対「周囲の弱者目線」、「高齢者の持つ能力」対「周囲の上から目線」にあるのです。

(NPO法人・老いの工学研究所 理事長 川口雅裕)

川口雅裕(かわぐち・まさひろ)

NPO法人「老いの工学研究所」理事長、一般社団法人「人と組織の活性化研究会」理事

1964年生まれ。京都大学教育学部卒。リクルートグループで人事部門を中心にキャリアを積む。退社後、2012年より高齢者・高齢社会に関する研究活動を開始。高齢社会に関する講演や執筆活動を行うほか、新聞・テレビなどのメディアにも多数取り上げられている。著書に「年寄りは集まって住め ~幸福長寿の新・方程式」(幻冬舎)、「だから社員が育たない」(労働調査会)、「チームづくりのマネジメント再入門」(メディカ出版)、「速習! 看護管理者のためのフレームワーク思考53」(メディカ出版)、「なりたい老人になろう~65歳から楽しい年のとり方」(Kindle版)、「なが生きしたけりゃ 居場所が9割」(みらいパブリッシング)、「老い上手」(PHP出版)など。老いの工学研究所(https://www.oikohken.or.jp/)。

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