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デザイン撤回、会場変更、担当者辞任…東京五輪は「危機管理」の上で何点だった?

東京五輪は招致段階から現在まで、さまざまな問題が起きました。東京五輪の「危機管理」について、専門家に聞きました。

天皇陛下の開会宣言途中で立ち上がる菅義偉首相と小池百合子東京都知事(2021年7月、時事)
天皇陛下の開会宣言途中で立ち上がる菅義偉首相と小池百合子東京都知事(2021年7月、時事)

 東京五輪が8月8日に閉幕します。日本選手のメダルラッシュで盛り上がった大会ですが、招致段階からさまざまな問題も起きました。新国立競技場デザインやエンブレムの撤回、猛暑による会場変更、コロナ禍での1年延期、組織委会長や開閉会式担当者の辞任・解任など…東京五輪の「危機管理」について、広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。

「身体検査」なしの人選

Q.新国立競技場デザイン案やエンブレム案の白紙撤回など、一度決めた事項の撤回が相次ぎました。なぜ、最初から、妥当な選択ができなかったのでしょうか。

山口さん「新国立競技場と公式エンブレム、当初案撤回の直接の原因は異なりますが、妥当な選択ができなかった理由は共通していると思います。それは、専門的な知見を持たない選考者たちが応募者の受賞歴や業界での名声を『錦の御旗』として、自分たちに都合のよい政治的な選考をしたことです。

新国立競技場のデザインコンペでは世界的な賞の受賞歴が応募資格の一つで、当初選ばれたのはイギリスで活躍した著名な建築家ザハ・ハディド氏のデザインでした。華やかで壮大で流れるように美しく、東京五輪招致のシンボル的なイメージとして大きな役割を果たしたと思います。

しかし、あるゼネコン幹部は当時、『こんな夢物語のような建造物を実際に造れるはずがない』と話したそうです。コンペの主催者は東京五輪の招致委員会(招致委)です。会長は当時の東京都知事・石原慎太郎氏。国内のスポーツ関係者から、政治家、芸術家まで多くの人々が名を連ねていましたが、建築関係者はたった1人だったそうです。

一方、公式エンブレムのコンペ主催者は、東京招致が決まった後に設立された東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委)です。初代会長は森喜朗元首相。こちらのコンペも受賞歴など厳しい参加条件がありました。条件を満たして選ばれた佐野研二郎氏が盗作などするはずがないと組織委は思い込んでいたのでしょう。

しかし、佐野氏の作品はベルギーの劇場のロゴマークと酷似していると告発されました。本人は『そんなロゴなど見たこともない』と盗作を否定。組織委は佐野氏デザインの使用継続を表明しましたが、後に佐野氏の数々の盗作疑惑が表面化し、本人も一部を認めたため、選定は白紙撤回されました。

専門的な知見の欠如に加えて、もう一つの共通点は危機管理の発想の不在です。デザインの見栄えはよくても、本当に予算内、期限内に建設できるのか、受賞歴を誇る著名人は盗作しないと言えるのか。今日に至るまでの五輪に関わる数々の問題の原点は危機管理の不在にあると思います」

Q.新型コロナの流行が続く中、政府や組織委は観客を入れるかどうかの判断を何度も延期し、最終的にほぼ無観客となりました。

山口さん「この経緯も問題です。4月末の東京都、組織委などの5者協議の後、政府と組織委は無観客も視野に入れ、観客の上限を6月のできる限り早い時期に判断すると発表しました。しかし、原則無観客を最終決定したのは開幕15日前。判断の先送りが繰り返されました。

開幕後の7月31日、東京都内の新型コロナ感染確認は4000人を超え、過去最多を更新。さらに8月5日には5000人を超えました。ひねくれた見方ですが、原則無観客を決めた関係者は、判断は正しかったと胸をなでおろしているかもしれません。一方、決定の遅れでホテルや交通機関、飲食店などは振り回されて多大な損失を被り、チケット当選者の期待も直前で砕かれました。

なぜ、当初の発表通り、6月の早い時期に最終決定しなかったのでしょうか。恐らく、有観客での実施が大前提で、その前提をぎりぎりまで捨て切れなかったからだと思います。危機管理の観点からは、全体を見ずに自分の都合だけを押し通し、結果的に国民の信頼を失ったといえます」

Q.開幕直前になって、小山田圭吾氏や小林賢太郎氏らの辞任、解任が相次ぎました。

山口さん「組織委の危機管理意識の欠如が最悪の状態で露呈したケースだと思います。開会式で楽曲を担当予定だった小山田圭吾氏や、開会式の構成を指揮するはずだった小林賢太郎氏のような人に対しては、選任前に、過去に問題がある発言や行動がなかったか確認することは危機管理上の必須事項です。俗に『身体検査』と呼ばれます。

SNSが普及した現在、極論すると、SNS利用者は誰でも『身体検査官』になれます。SNSの利用者数が莫大(ばくだい)なため、検査能力は絶大です。今回は小山田氏の過去のいじめや暴行の武勇伝、小林氏のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を面白おかしく扱ったコントのネタが発見され、ネットは大炎上しました。

組織委の武藤敏郎事務総長は記者会見で『昔の行動まで調査するのは実際問題として困難』と述べたそうです。しかし、危機管理のアドバイザーである私には言い訳にしか聞こえません。日本には数百の『ネットリスク管理サービス』を提供する会社があり、著名人の過去の問題発言は簡単に確認できるはずで、料金は1件10万円以下だと思います。

組織委は身体検査を最初からやるつもりがなく、SNSが巨大な力を持つことにも気が付いていなかったのでしょう。危機管理上、大きな欠陥を抱えていたといえます」

【年表】東京五輪を巡る主な出来事

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山口明雄(やまぐち・あきお)

広報コンサルタント

東京外国語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務め、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。専門は、企業の不祥事・事故・事件の対応と、発生に伴う謝罪会見などのメディア対応、企業PR記者会見など。アクセスイースト(http://www.accesseast.jp/)。

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