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日本人は「辞めていく人」に甘いのか

安倍晋三首相の辞任表明後、SNSに批判的投稿をした野党議員が激しく非難されました。日本人は地位ある人の辞任表明後、批判を控える傾向があるようです。なぜでしょうか。

安倍晋三首相(2019年4月、時事)
安倍晋三首相(2019年4月、時事)

 安倍晋三首相の辞任表明を受け、持病に絡めて、SNS上で批判的な投稿をした野党議員が激しく非難されました。一方で、これまで、安倍政権を厳しく批判してきた立憲民主党の蓮舫副代表は「御身体をご自愛していただきたい」と投稿し、話題となりました。

 日本人は何らかの地位にあった人が辞めた場合、在任中は批判が多くても、辞任表明後は批判を控えるように思えます。なぜでしょうか。キャリアコンサルタントの小野勝弘さんに聞きました。

批判をやめる2つの理由

Q.在任中は批判を浴びていた大臣や企業の社長ら何らかの地位にあった人に対し、辞任を表明した後は、批判を避ける傾向が日本にはあるように思えます。なぜでしょうか。

小野さん「避ける『傾向がある』という通り、批判はいつまでもされ続けますよね。それを念頭に置いた上で、批判が落ち着くのはなぜかをお伝えします。

私は2点、理由があると考えています。一つは『辞任すること』までが、その地位にある人の仕事だと考えているから。私たちが考える仕事というのは『何かをする行為そのもの』を指しており、辞任というのも『辞める』という行為と評価できるから、その行為を終えた後は批判できなくなると考えます。

もう一つは、自分に正義がなくなるから。直接の被害者が本人を批判することはもちろんですが、それ以外に『社会正義』といった、全体を考えた場合の批判というものがあるように思います。

例えば、『○○の政策は低所得者をさらに痛めつけるものだ!』とか、『今回の粉飾決算は○○業界そのものの信頼を失わせるものだ!』とか、そういう批判を皆さん、聞いたことがあるのではないでしょうか。

全体のために、『辞任した』という人を批判することは、これまで行っていた『社会のために辞任せよ』という批判から一転し、『私怨(しえん)、いじめ、面白いから』といった個人的理由になりやすく、誰からも支持を得られない批判となるという意識が芽生えるからだと思います」

Q.先述した「批判を避ける傾向」は「死者にむち打つ」ことを嫌う風潮に通じるのでしょうか。

小野さん「日本に『死者にむち打つ』ことを嫌う風潮はあるのでしょうか。そもそも、中国の故事からきているこの言葉は元々、『恨みを晴らす』ときのお話です。日本にも、あだ討ちのように、『恨みを晴らす』行為はある種の美談とされることすらある以上、そもそも嫌ってはいないように思います。

しかし、日本には、非人情的な部分を嫌うという風潮も強く、『晴らすべき恨みを晴らした後は相手のことも考えよう』というのが日本人の考え方なのではないでしょうか。

『判官びいき』という言葉が全てを象徴しているように思いますが、弱者に肩入れするという文化が日本に根付いている大きなものだと考えています。従って、『死者にむち打つ』という故事のように、辞任した人をさらに批判することは、弱者をさらに虐げるような行為であるからこそ、嫌われているのだと思います」

Q.辞めた理由が病気であれば、体調を気遣う配慮は必要かもしれませんが、それはそれとして、在任中の行為に批判すべき点があれば、それは批判・検証すべきだと思います。それは「死者にむちうつ」行為とみなされるのでしょうか。

小野さん「批判しかしないのであれば、『死者にむち打つ』行為でしかないでしょう。そもそも、『批判』と『検証・改善』では意味合いが違うと私は考えます。

批判はその人そのものの人格や行為に対して、NGを唱えることであり、いわば過去のことを常に取り上げ、真向から問題提起をしている状態です。逆に、将来に視点を置き、『なぜ、その行為が起きてしまったのか、どうすれば今後起きなくなるのか』を考えることが検証・改善です。

批判にとどまるならば、先述した『死者にむちうつ』だけの行為であり、意味はないでしょう。しかし、これから起きないようにするために検証・改善していくことは大いに有意義なものとなります。批判を通して問題点に気付き、検証・改善していくというフェーズの違いを考えることが大切です」

Q.辞める理由が病気ではなく、不祥事だった場合も批判は避けるべきなのでしょうか。

小野さん「前述のとおり、批判自体は将来のきっかけづくりになり得ますから、大いに叫ぶことも大切です。しかし、やり過ぎないこと、感情的になり過ぎないことには、常に注意を払うべきです。『坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い』という慣用句がありますが、『社長憎けりゃ、会社も憎い』ということになっては本末転倒です。

社長の何が悪かったのか。どうすれば、後任の社長は今回の批判を挽回できるのか。辞任というきっかけの後は、このような未来への視点を持って議論を続けていきたいですね」

Q.批判を受けつつ在任していた人が地位を去る際、周囲が取るべき態度はどのようなものでしょうか。

小野さん「私は『応援する』という態度がよいと考えています。辞任をもって地位を去る人が人生というキャリアを失うわけではありません。言い換えれば、死ぬわけではありません。ですから、これから何をするか、何をしてほしいか、という観点を持ちながら、『これから』を応援するような態度が一番よいのではないでしょうか。

仮に、あなたが不祥事を起こしたと考えてみてください。心から反省して、今後起こらないよう全力で改善に取り組むと考えていたとしても、鳴りやまない批判の中では全力が出せない気がしませんか。批判はネガティブな力になりがちですから、自分の言動を注意してみることをおすすめします」

(オトナンサー編集部)

小野勝弘(おの・かつひろ)

キャリアコンサルタント、一般社団法人セルフキャリアデザイン協会代表理事、株式会社ファサディエ EAP事業部 新規事業準備室

1969年東京都生まれ。桐蔭学園工業高等専門学校電気工学科卒業。2001〜2016年までIT系企業に所属。エリアマーケティングツールに携わり、営業・商品企画・事業企画・人材教育・労務管理などを経験。企業のホワイト化・健康経営・人事労務は、今後の会社経営に欠かせない重要な領域と考え、「労働者と企業のための人材定着、若者雇用促進による企業の生産性向上」をテーマとする。2016年〜現在は株式会社ファサディエ EAP事業部所属。2018年に一般社団法人セルフキャリアデザイン協会(https://self-cd.or.jp/)を設立し、キャリアコンサルタント、EAPコンサルタントとして活動中。

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