「葬儀には黒マスク」 承認欲求のトンデモマナーに惑わされず、葬儀は粛々と
誰もが、いつかは関わるものでありながら、詳しく知る機会が少ない「葬祭」について、専門家が解説します。
「葬儀では黒マスクをつけること、というマナーを見かけた」。このような内容の投稿が先日、SNS上で話題になりました。葬祭業者を筆頭に「そんなマナーはない」「もともと葬儀の喪の色は白であり、江戸時代までは喪服は白だったのだから、黒マスク着用が葬儀のドレスコードだというのはありえない」といった声が高まり、「葬儀では黒マスク」の話は沈静化しました。
こうした投稿が一気に拡散された背景には、アパレルメーカーの一部が「フォーマル用布製マスク」として黒マスクを売るようになったことや、モナコ公国の葬儀で、ロイヤルファミリーがほぼ全員、黒マスクを着用していたこともあったのではないかと思います。
色や形状をとやかく言わない
マスクは感染症の拡大を防止するための「医療用の予防用具」ですから、他の医療・福祉関係の用具と同じように、色や形状に対してとやかく言うものではありません。医療・福祉関係の用具は一人一人の病気によって、また、生活上の必要によって、所持・使用するものです。「葬儀にふさわしくないから使ってはいけない」と言われたら、大切な最期のお別れに参加できなくなってしまいます。
例えば、車いすのフレームが赤色の人もいるでしょう。その人が葬儀に来たとき、「おいおい、その車いすは赤だからふさわしくないよ。黒いフレームのものを借りてくるべきだ」と言うのでしょうか。お年寄りがつえをついて葬儀に来たとき、そのつえが花柄だったら、「おばあちゃん、そのつえは葬儀用じゃないから黒いつえにしてください」と言うのでしょうか。酸素ボンベを引いて葬儀に来る人もいるかと思いますが、「そのボンベの色は葬儀らしくない」と言えるでしょうか。
医療・福祉関係の用具においては、その形状や色彩についてとやかく言ってはいけないわけで、マスクに関しても「つけて来てもらう」ことが最も重要であり、色や形をああだこうだと言うべきではないのです。
もう一つ、この件に関して重要なことがあります。それは「葬儀では黒マスクがマナー」と最初に言った人物もそうした記事もマナー講師も、少なくとも、私や周囲の人間は探しても探しても見つけられなかったということです。
「マナー講師がトンデモマナーを作り、それを斬る」という構図は痛快であり、娯楽的であり、非常にバズりやすいです。もし、出典があれば、ネット民の力によって「どこの誰が言っていた」かが早期に特定されることが多いですし、万単位でリツイートされるような事象になったときには「どこの誰が言ったか」を特定する力はより強く働くものです。
出典があるのに明らかにされないケースは珍しいので、今回のような場合、「そんなマナー講師も、そんなマナーも存在していないのではないか?」と思うのが自然でしょう。
もし、これが「マスクは白にすべきだ」であれば、不織布や布製の白マスクが広く安価に流通している現在なら、もっともらしい理由付けができるかもしれませんが、スタンダードではない黒マスクが葬儀では正式だというなら、それなりの理由や根拠が求められます。筆者は長年、葬儀の世界に身を置いていますが、どう頭をひねっても「葬儀時のマスクは黒」というマナーを補強する先例もいわれも、記憶にありません。
もし、マナー講師を名乗る人がこのようなマナーの捏造(ねつぞう)をすれば、一回で「マナー講師生命」を失うほどの重大な“間違いマナー”を作ったことになります。少なくとも、マナーを教えることで生計を立てている者が、そんなリスクを冒すでしょうか。
以上の理由からも、今回の件は「仏事用マスク・フォーマルタイプ・黒」というような商品キャッチコピーや、何らかの勘違いによる投稿を見て、「『葬儀でのマスクは黒がマナー』なんていうトンデモマナーを見かけた」と“盛った表現”をして、何者かが投稿したのではないかと思われるのです。その方がバズりやすいからです。
つまり、このマナーの件は「非実在のトンデモマナーが否定された」というオチの話であったのだろうというのが、筆者の推察するところです。
ツイッターと好相性の話
過去にも、トンデモマナーが出てきたことは数多くあり、筆者は葬儀の分野においては逐一指摘してきましたが、正直な話、不勉強でまとめ方がおかしいレベルの話はまだまだあるにせよ、みんなが「えっ!」と感嘆の声を上げるような葬儀のトンデモマナーは、実際にはほぼ存在しません。
気を付けなくてはならないのは、個人も集団も注目を集めるために話題を捏造するケースがあること、また、捏造とまではいえなくても、現実から遠いところまで誇張して色をつけ、目立つために“奇異なこと”に仕立て上げるケースがあることでしょう。今回はツイッター上で話題になったわけですが、ツイッターは特に「こんなひどいことがあった」といった内容の方が拡散しやすく、非常に相性のいい題材だったのでしょう。
このような騒動に巻き込まれることなく、冷静に状況を見据えましょう。事が葬儀なだけに、静々と粛々と対応することが「目立ちたい」という承認欲求から始まる騒動に巻き込まれないための方法ではないでしょうか。
(佐藤葬祭社長 佐藤信顕)
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